2025年12月5日(金)から7日(日)までの3日間、インテックス大阪で開催された「JAPAN MOBILITY SHOW KANSAI 2025/第13回大阪モーターショー」は、西日本最大級のモビリティイベントとして大きな注目を集めました。テーマ「いいね!モビリティ」のもと、本イベントは従来の車両展示の枠を超え、モビリティがもたらす楽しさ、快適さ、そして新たな発見を共有する「統合型ショー」へと進化を遂げました。
ここでは、自動車業界関係者の視点から、今回のイベントの目玉と成果を詳細に解説します。
昨年と比較しての動員数の違い:会期凝縮とコンテンツ密度の戦略的向上

前回の第12回大阪モーターショーは2023年に4年ぶりに開催され、25万人超の来場者を動員しました。今回の「Japan Mobility Show Kansai 2025」は、名称に「Japan Mobility Show Kansai」を冠し、東京開催のJapan Mobility Showと連携した位置づけとなりました。
前回と比べ最も明確な違いは、開催期間が4日間から3日間へ凝縮された点です。この会期の短縮にもかかわらず、本イベントは西日本エリアとしては最大クラスの集客規模を想定していました。
これは、単なる来場者数での比較を超えた、イベント構造の戦略的変化を意味します。会期を凝縮することで、コンテンツの密度を高め、来場効率の向上を狙った構成と解釈できます。従来のクルマ単体の技術展示から、カスタム、キャンピングカー、グルメ、就職フェア、エンタメを包括する**「地域密着型モビリティフェス」**へと性格が強まっており、来場者が「一日滞在」できるイベント設計によって、集客力の質の向上を図ったことがうかがえます。
ちなみに、東京で開催されたジャパンモビリティショー2025は、10月30日から11月9日までの11日間で延べ101万人を動員しました。前回2023年の111.2万人からは若干減少したものの、出展企業・団体数は過去最多の522を記録し、自動車産業の枠を超えた広がりを見せています。関西版はこれに対し、よりコンパクトながら「体験」と「実務」を重視した独自の進化を遂げたと言えるでしょう。
各社コンセプトカーの目指す新技術、未来と展望
今回、国内外からおおむね33ブランドが集結し、最新量産モデルとコンセプトカーの展示を通じて、電動化、安全運転支援、コネクテッド技術など、未来のモビリティの姿が明確に示されました。特にEVと次世代モビリティの展示には、各社の明確な狙いが見て取れました。
軽EVを巡る熱き競争と戦略:BYD「ラッコ」の衝撃
今回のイベントの象徴の一つが、中国の大手自動車メーカーBYDが日本専用に開発した軽自動車EV**「ラッコ(RACCO)」**の登場です。
BYDはすでに2025年4月に、2026年後半に日本専用設計の軽EV導入を正式発表していましたが、その実物がついに関西で初めて公開されました。日本で最も人気の高いスーパーハイトワゴンスタイルを採用し、後部座席に左右両側スライドドアを備えるなど、日本市場のニーズに徹底的に合わせた設計がされています。
BYDはバッテリーを薄く作る技術(ブレードバッテリー)により、軽EVながらも床面から天井までの高さをしっかり確保し、広い室内を実現しました。ボディサイズは全長3395mm×全幅1475mm×全高1800mmと軽自動車規格に収まりながら、日本の新車販売の約35%を占める最大セグメントである軽自動車市場に、海外勢が本格参入する姿勢は、日本市場を重視するBYDの強い意志の表れです。
さらに注目すべきは、その価格戦略です。業界関係者の間では、補助金適用後で実質200万円台前半での提供が予想されており、現在の日産サクラ(約260万円)を下回る可能性が高いとされています。航続距離も230〜300km程度を実現すると見られ、価格とスペックの両面で国産軽EVに対抗する「ゲームチェンジャー」となる可能性を秘めています。
国内メーカーの反撃:スズキ「Vision e-Sky」
これに対し、国内メーカーも黙ってはいません。軽自動車業界の雄であるスズキは、2025年10月の東京ジャパンモビリティショーで軽乗用BEVコンセプト**「Vision e-Sky(ビジョン・イー・スカイ)」**を世界初公開しました。
空の青と雲の白をイメージした広い車内や、日常使いに便利な小物入れなど、**「日常の足として選ばれる気軽に使える車」**を目指す姿勢が強調されました。航続距離は270km以上を想定し、2026年度内の量産化を目指しています。
ボディサイズは全長3395mm×全幅1475mm×全高1625mmと、BYD「ラッコ」よりも全高が175mm低い、いわゆる軽ハイトワゴンスタイルを採用。「ユニーク・スマート・ポジティブ」をテーマとし、前向きで明るい気持ちになれる、スズキらしいデザインを表現しています。
特筆すべきは、EVであることを過度に主張しないデザイン哲学です。スズキのデザイナーは「EVには少し冷たいイメージがあるが、スズキ車らしくキャラクターが立った存在を目指し、柔らかで親しみのある表現とした」と語っており、従来のガソリン車からの乗り換えを自然に促す戦略が透けて見えます。
SNS上では「300万円以下なら即買う」「電動化時代におけるアルトの再定義」といった期待の声が殺到しており、スズキの軽EV参入は市場に大きなインパクトを与えることが確実視されています。
EVの課題克服と多機能化:日産の挑戦
国内初の量産型EV「リーフ」で知られる日産は、クロスオーバーEV「アリア」の進化を続けています。現行のアリアは、最大グレードで航続距離約640km(WLTC)を達成しており、EV普及における最大の障壁の一つである航続距離への不安を大きく軽減しています。
さらに、トランクにコンセントの差し込み口を設けることで、付属コネクターを用いて簡単に車外へ給電できる機能を搭載。これにより、スマートフォン約3000台分の充電が可能となるなど、災害時の電力供給源や、キャンプなどのアウトドアでの利便性が大幅に向上しました。
日産のe-4ORCE(電動4輪制御システム)は、GT-RのアテーサE-TSで培った4WD技術をベースに、1万分の1秒という極めて緻密な前後モーター制御を実現。雪道や濡れた路面でも安定した走行を可能にし、EVの新たな可能性を切り開いています。
次世代モビリティによる移動の再定義
2号館に新設された**「次世代モビリティコーナー」**では、軽EVや四輪車以外の多様なモビリティが出展されました。
リュウド社の特定小型原付「RE001」は、三輪構造と重量バランスにより卓越した走行安定性を実現し、免許返納後のシニアの移動手段として適合した設計を備えていました。最高速度は時速25km以下に制限されており、原付免許や運転免許が不要で利用できる点が特徴です。
また、ホンダの新事業創出プログラムから生まれた「ストリーモ S01JTA」は、独自のバランスアシストシステムにより転倒しにくい構造を誇り、個人利用のほか業務用車両としても採用実績があります。郵便配達や新聞配達など、狭い路地での機動性が求められる業務での活用が進んでいます。
さらに、ELEMOsは小型四輪EVという希少な車種をラインナップし、積載量やコンパクトさに応じた3車種を展示するなど、近距離移動や歩行領域の拡張に焦点を当てた未来の展望が示されました。これらの車両は時速60km以下で走行でき、普通免許で運転可能という利便性から、高齢化社会における「ラストワンマイル」の移動手段として注目を集めています。
EVに向けて各社統一した取り組みについて:競争から協調へ
日本の新車販売におけるEV比率は2025年上半期でわずか1.4%と普及が遅れている現状に対し、日本政府は2035年までに新車販売で電動車100%を実現するという目標を掲げています。
今回のイベントを通じて最も印象的だったのは、この目標達成に向けて国内外メーカーが示す**「統一した取り組み」です。BYDのような海外メーカーが日本市場に本格参入する「対抗構図」を超えて、各社が「みんなが手を取り合って一眼となってEVを普及させるんだ」「日本にこのEVを根付かせるんだ」**という強い共通の意思を持っていることが確認されました。
軽EV市場における「競争的協調」
特に、軽自動車EVの分野では、この協調姿勢が顕著です。国内メーカーもBYDの参入を「ウェルカム」と捉えており、「他社さんと一緒に、この軽EVのマーケットを活性化させ、大きくしていきたい」と語るなど、市場の共同創造を目指す姿勢が見られました。
現在、軽EV市場は日産サクラと三菱eKクロスEVが先行していますが、2025年上半期の国内EV販売台数のうち、サクラだけで32%という圧倒的なシェアを占めています。この事実は、日本のEV普及において軽自動車が果たす役割の大きさを物語っています。
2025年度にはトヨタ、スズキ、ダイハツの3社が共同開発した軽EVも発売予定であり、さらに2026年後半にはBYD「ラッコ」とスズキ「Vision e-Sky」が市場参入します。この競争激化は、消費者にとっては選択肢の増加と価格競争による恩恵をもたらし、ひいては日本全体のEV普及を加速させる**「起爆剤」**となることが期待されています。
商用車EVの協調開発
興味深いのは、商用車分野での協調姿勢です。スズキ、ダイハツ、トヨタの3社は商用軽バンのBEVモデル「e EVERY CONCEPT」を共同開発しており、東京のジャパンモビリティショー2025で参考出品しました。
航続距離200km、全長3395mm×全幅1475mm×全高1890mmというスペックで、軽バンとしての使い勝手を維持しながら、静かで力強い走りを実現。非常時には外部給電機能により地域社会への貢献も可能としています。
このように、乗用車では競争しながらも、インフラとして重要な商用車では協力するという「競争的協調」の姿勢は、日本の自動車産業の成熟度と、EV普及という共通目標に対する真摯な取り組みを示しています。
バッテリー技術の共有と標準化
さらに深いレベルでは、充電規格の統一や、バッテリーリサイクル技術の共同研究など、業界全体での取り組みも進んでいます。日本の自動車メーカーは、CHAdeMO(チャデモ)という急速充電規格を共同開発してきた歴史があり、この協調DNAが今回のEV普及加速にも活きています。
BYDのブレードバッテリー技術のような海外の先進技術も、日本市場に入ることで国内メーカーに刺激を与え、技術革新を促進します。これは単なる脅威ではなく、日本の自動車産業全体の競争力を高める「外圧による進化」とも言えるでしょう。
本年度の成果とレポート:実務的ハブとしてのイベント設計
2025年開催の「Japan Mobility Show Kansai」の最大の成果は、その位置づけが**「来場者接点の実務的ハブ」**へと進化した点にあります。東京開催のJMSがグローバル発信や先端技術に重点を置くのに対し、関西版は試乗、体験、購入検討、就職検討までを一カ所で完結させる機能が強化されました。
ライフスタイル提案の強化
イベント構成の複合化がこれを裏付けています。クルマ単体の技術展示から、モビリティを核としたライフスタイル提案へのシフトが明確になりました。
「カスタマイズワールド」
約70台規模のカスタムカーが展示され、痛車からローライダー、VIPカーまで多様なカスタム文化が一堂に会しました。若年層やカスタム愛好家にとって、これは単なる展示ではなく、自分のクルマをどう表現するかというインスピレーションの宝庫となりました。
「キャンピングカーワールド」
軽キャンから大型キャンパーまで多様な車両が並び、コロナ禍以降急速に拡大したバンライフやアウトドア需要を強く意識した構成となりました。近年、日本のキャンピングカー市場は年率10%以上の成長を続けており、この分野とモビリティショーの融合は、来場者の滞在時間延長と満足度向上に大きく寄与しています。
エンタメとビジネスの融合
会場では、人気アーティスト(梅田サイファー、ET-KINGなど)のライブや人気アニメキャラクターのショー、レジェンドレーサーによるトークイベントなどが開催され、ファミリー層や若年層を強く意識した設計となりました。
特に注目されたのは、人気アニメ「SPY×FAMILY」のキャラクター、アーニャが会場に登場したことです。SNS上では「アーニャに会えた!」という投稿が相次ぎ、若い世代やファミリー層の集客に大きく貢献しました。クルマに興味がない層をも巻き込む仕掛けは、モビリティショーの新たな可能性を示しています。
実務的集客装置としての役割
グルメフェス**「味わいロード」(全国から40店舗以上)や就職フェア、ディーラーコーナーとの一体運営は、業界側から見ると、短期的な販売促進と中長期的な人材確保・ブランドロイヤルティ醸成を同時に図る「年末の集客装置」**としての役割を果たしました。
就職フェアでは、自動車メーカーだけでなく、ディーラー、部品メーカー、整備会社など幅広い企業が出展し、学生や転職希望者と直接対話する場となりました。自動車業界は現在、電動化やデジタル化に伴う人材不足が深刻化しており、こうした接点の場は業界にとって極めて重要です。
ディーラーコーナーでは、その場で見積もりや試乗予約ができる体制が整えられ、「見る」から「買う」へのスムーズな導線が設計されていました。これは、東京の大規模ショーでは実現しにくい、地域密着型ならではの強みと言えるでしょう。
地域経済への波及効果
インテックス大阪での3日間開催は、周辺の飲食店やホテルにも経済効果をもたらしました。大阪市内からのアクセスの良さと、イベント自体の魅力が相まって、週末の関西圏における一大集客イベントとして機能したのです。
会場内のグルメフェス「味わいロード」では、大阪名物のたこ焼きや串カツだけでなく、全国各地のご当地グルメが提供され、「クルマを見に来たのにグルメも楽しめた」という声が多数聞かれました。これは、イベント全体の滞在時間を延ばし、満足度を高める戦略的な設計でした。
【総括:未来への接続点】
今回のジャパンモビリティショー関西は、単なる最新モデルのお披露目ではなく、自動車産業全体がEV化という大きな変革期において、競争と協調を両立させながら、地域社会と未来のライフスタイルにモビリティをどう接続していくかを示す壮大な設計図となりました。
これは、まるで異なるパーツを持つパズルが、共通の未来図(EV普及と多様なライフスタイルの実現)に向かって協力しながら組み合わさり始めた状態に喩えることができます。
・BYD「ラッコ」の衝撃は、日本の軽EV市場に競争という活力を注入しました。
・スズキ「Vision e-Sky」は、長年の軽自動車作りのノウハウを活かした国内メーカーの反撃を象徴しています。
・日産アリアは、EVが単なる移動手段を超えた「動く蓄電池」として、災害大国日本において新たな価値を創造する可能性を示しました。
そして、次世代モビリティコーナーに展示された小型モビリティたちは、自動車という「四輪」の概念を超えて、人々の移動の自由をどう拡張するかという問いに対する多様な回答でした。
関西市場は、その未来への接続点を体験し、購入し、そして支えるための実務的な「ハブ」として機能したのです。東京のジャパンモビリティショーが「夢」を語る場だとすれば、関西版は「夢を現実に変える方法」を示す場となりました。
2026年以降、日本の軽EV市場は大きく動き出します。BYD、スズキ、トヨタ・ダイハツ連合、そして既存の日産・三菱連合、さらにはホンダも参入しており、消費者にとっては選択肢が飛躍的に増える「軽EV戦国時代」が幕を開けます。
その先陣を切る形で開催された2025年のジャパンモビリティショー関西は、日本のモビリティ史において、**「EV元年」ではなく「EV実用化元年」**として記憶されることになるでしょう。
クルマは移動手段であると同時に、人生を豊かにするツールであり、災害時の命綱であり、次世代に残すべき地球環境を守るための選択でもあります。2025年のジャパンモビリティショー関西は、そのすべてを包含した、まさに「モビリティの未来を体感できる3日間」だったのです。
次回の開催が今から待ち遠しい——
それこそが、このイベントが成功した何よりの証拠ではないでしょうか。



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