カーボンニュートラルの実現に向け、電力の供給と制御を担う「パワー半導体」の重要性がかつてないほど高まっています。従来のシリコン(Si)から、より優れた物性を持つ化合物半導体への移行が加速する中、特に注目を集めているのが**窒化ガリウム(GaN)**です。
電気自動車のバッテリー性能を決定づけるのは、実は「電池容量」だけではありません。電力を効率よく変換・制御する技術、すなわちパワー半導体の進化が、EVの航続距離や充電時間を劇的に変える鍵を握っています。
本記事では、次世代パワー半導体の本命とされるGaNの実力と、SiC(炭化ケイ素)との棲み分け、そしてAIやEVといった最先端分野での戦略的動向を深掘りします。2024年から2030年まで年平均成長率42%で急成長するGaN市場は、3億5500万ドルから29億ドル規模へと拡大すると予測されています。自動車業界で働く私たちにとって、この技術革新は見逃せない重要なテーマです。
次世代パワー半導体GaNが従来のシリコンに対し持つ技術的優位性は何か
GaNパワー半導体は、Siと比較して圧倒的な物性優位性を備えています。その核心は、材料特有の広いバンドギャップと高い電子移動度にあります。
高速スイッチングを可能にする「二次元電子ガス(2DEG)」

GaNの最大の特長は、AlGaN/GaNヘテロ接合界面に形成される**「二次元電子ガス(2DEG)」**です。この薄い層の中では電子が不純物散乱を受けにくく、極めて高速に移動できます。これにより、Siでは不可能だった高周波での高速スイッチングが可能となります。
GaNとAlGaN層の間に作られる二次元電子ガスの利用により、低抵抗、高速スイッチングが実現するのです。このメカニズムが、従来のMOSFET構造に対する決定的なアドバンテージとなっています。
実際、パナソニックホールディングスは従来比2倍以上の速度でスイッチング可能な、新たなノーマリーオフ縦型GaNトランジスタを開発し、2024年12月の国際学会で発表しました。この技術革新は、電力変換効率のさらなる向上を予感させます。
劇的な小型・軽量化と高効率化
高速スイッチングが可能になると、電力変換回路に不可欠なコイルやコンデンサといった周辺部品を小型化できます。
ACアダプター・電源機器の場合:
体積や重量を従来比で半分以下に抑えつつ、大出力を維持できます。家電量販店で見かける小型で高出力なスマートフォン充電器やノートPC用ACアダプターの多くは、まさにこのGaN技術の恩恵を受けた製品です。
低損失の実現:
オン抵抗が低く、スイッチング時の電力損失も極めて少ないため、電力変換効率が飛躍的に向上します。研究事例では、EVのモーター制御に応用した場合、最大67%の電力消費削減に成功したケースも報告されています。
優れた耐圧性と安定性
GaNはSiの約10倍の絶縁破壊電界強度を持ち、高耐圧デバイスを実現します。半導体の総合性能を示す「バリガ性能指数」では、Siを1とした場合、SiCの約500に対し、GaNは約930と圧倒的な数値を誇ります。また、高温動作時も安定しており、冷却システムの簡素化に寄与します。
この性能指数の高さは、同じ耐圧条件下でGaNを用いれば、Siの1/930のオン抵抗で設計可能となることを意味し、効率化・小型化・発熱抑制に大きく貢献します。
自動車やデータセンター等の主要分野でGaNとSiCはどう棲み分けるのか
GaNとSiCは共に次世代材料ですが、得意とする電圧帯や用途が異なり、明確な棲み分けが進んでいます。
四輪EV:主機インバーターはSiC、周辺機器はGaN
主機インバーター(SiCの領域):
800V以上の高電圧と大電流、極めて高い信頼性が求められる四輪EVの心臓部には、1200V級の耐圧と熱特性に優れたSiCが最適解です。米テスラがEV「Model 3」のインバーターにSiCパワー素子を採用し、その後、欧州メーカーや日本のトヨタ自動車なども追随しました。
SiCの採用により、インバーターにおける電力損失を3~5割削減でき、その分、航続距離の延長につながります。同じ航続距離であれば、電力損失が少ない分、電池の容量を減らせるので電池コストを削減できる点も大きなメリットです。
車載充電器(OBC)やDC-DCコンバーター(GaNの領域):
超急速充電への対応で高周波駆動が必須となるこの領域では、小型化に強いGaNが優位に立ちます。GaNを用いることで、従来の3倍の電力密度を達成した試作例も報告されています。
Navitas Semiconductorは、双方向GaN ICを用いることで、従来2段構成だった高電圧パワーコンバーターを1段に変更できる技術を開発し、2025年3月に世界で初めて量産を開始しました。この革新により、PFC段やDCリンクコンデンサーが不要になり、システムの大幅なコンパクト化と高効率化を実現しています。
また、GaNはEV用の車載充電器、DC/DCコンバータ、電力インバータなどに不可欠で、システムの軽量化、小型化、信頼性の向上に貢献します。特に、急速充電時代の到来により、GaNの高周波動作能力はますます重要性を増しています。
データセンター・AIサーバー:GaNによる効率化が急務
AIの普及によりデータセンターの消費電力は増大しており、高効率な電源ユニット(PSU)への需要が爆発しています。
AIサーバー向け電源:
ロームのGaN HEMTが村田製作所グループの5.5kW AIサーバー向け電源に採用されるなど、小型・高電力密度化の鍵としてGaNの導入が進んでいます。
データセンターの電力消費は膨大で、世界的なAI競争の激化により、その規模は今後さらに拡大すると予測されています。このため、わずか数パーセントの効率向上でも、年間で数億円規模の電気料金削減につながる可能性があります。
NVIDIAの動向:
NVIDIAはInfineonやTexas Instruments、Navitas等と協業し、AIインフラへのGaN実装を加速させています。AIチップの高性能化に伴い、電源の高効率化は避けて通れない課題となっており、GaNはその解決策として期待されています。
3. マイクロモビリティ(電動二輪車):中国市場でのGaN普及
中国の電動二輪車市場(48V-72V)はGaNの性能を最大限に活かせる「スイートスポット」です。車両重量の規制が厳しい中、インバーターの小型化を可能にするGaNは設計上の課題を解決するキーテクノロジーとなっています。
eバイク、eスクーター、ドローン、ロボット、DCサーボモーターなど、さまざまな3相BLDCモータードライブに最適というGaNの特性が、この分野での急速な普及を後押ししています。
実際、2023および2024年のパワーGaNデバイスメーカーの売上高ランキングトップは中国Innoscienceでシェア30%を占めており、中国市場の需要の大きさを物語っています。
急成長するGaN市場において主要企業や国が進める戦略的な動向は何か
GaNパワーデバイス市場は2024年から2030年まで年平均成長率42%で成長し、2030年には29億ドル規模に達すると予測されています。この急成長市場で、各国企業が熾烈な競争を繰り広げています。
グローバルリーダー・独Infineonの「Buy, Build, Harden」戦略
Infineon Technologiesは、戦略的な買収と大規模投資により市場での支配的地位を確立しようとしています。
Buy(買収):
米International Rectifierや加GaN Systemsを買収し、車載認定済みの製品群と専門家チームを獲得しました。これにより、開発期間の短縮と市場シェアの即時拡大を実現しています。
Build(構築):
オーストリアやマレーシアの工場に巨額投資を行い、業界に先駆けて300mm(12インチ)ウェーハでの量産体制を構築しています。現在の主流は6インチGaN-on-Siだが、8インチへの移行が進んでおり、2030年までに需要の80%以上を占めると予測されています。
InfineonはGaN-on-Siでのデバイス開発を完了し、2025年第4四半期にサンプル提供を開始、すでに一部の顧客に届き始めた状況です。12インチウェーハへの移行は、製造コストの大幅な削減を可能にし、GaNの普及を加速させる重要なマイルストーンとなります。
Harden(強化):
中国Ninebot社等との協業を通じ、出荷台数の多い電動二輪市場で技術を鍛え、信頼性とコスト競争力を高めています。大量生産による品質データの蓄積が、車載グレードの信頼性獲得への近道となっています。
中国・米国の勢力図
中国の台頭:
Innoscienceが2024年の市場シェアでトップに立つなど、製造面で強い存在感を示しています。巨大な国内需要を背景に、急速な社会実装を進めています。中国市場は、電動二輪車やドローン、家電製品など、GaNが活躍できる多様なアプリケーションが存在し、量産効果によるコスト競争力の向上が期待されています。
米国のイノベーション:
米Navitas Semiconductorが2位、米Power Integrationsが3位、米EPCが4位と、米国勢が上位を占めています。Navitas Semiconductorは民生用急速充電器市場で圧倒的なシェアを持ち、車載認定取得済みのGaNSafe™ ICなどを展開しています。
日本企業の独自技術と巻き返し
日本勢は高品質基板や独自の製造プロセスで勝負を挑んでいます。日本勢はSiCデバイス同様に出遅れ気味という評価もありますが、巻き返しに向けた取り組みが活発化しています。
OKIと信越化学:
独自のCFB(クリスタル・フィルム・ボンディング)技術を用い、大電流を制御できる**「縦型GaN」**の低コスト量産化に向けた技術を開発しました。縦型GaNはGaN基板のコストが高く、まだ研究開発の段階ですが、将来的には1200V級の高耐圧デバイスへの道を開く可能性があります。
ローム:
AIサーバーや産業機器向けに「EcoGaN™」ブランドを展開し、高性能・高信頼性を武器に採用実績を広げています。車載や産業機器向けパワー半導体に強みを持ち、650V耐圧GaN HEMTの第3世代を2025年にも量産化する計画です。スイッチング損失低減など、出力電荷量が現行品から大幅に改善するとされています。
ルネサスエレクトロニクス:
2024年6月にGaNパワー半導体の米トランスフォーム社を買収、2025年7月には650V耐圧のGaNパワー半導体の新製品を発表しました。AIデータセンター電源向けなどへの採用が期待されています。
三菱ケミカルグループ:
2024年11月にNEDOのプログラムに採択され、6インチGaNウエハ量産技術開発を加速、2028年度の量産を目指すと発表しました。高品質な基板の安定供給は、日本のGaN産業の競争力強化に不可欠な要素です。
豊田合成:
2025年1月に同社がGaNパワー半導体向けに開発したGaN基板の高品質化技術により、パワー半導体の性能が高められたことが検証されたと発表しています。固体物理学の国際的な学術誌で紹介されるなど、学術的にも高い評価を受けています。
標準化の進展と市場拡大の基盤整備
2024年、JEDEC(Joint Electron Device Engineering Council)によりGaNデバイスの逆バイアス信頼性評価に関する標準規格(JEP198)が発行されました。これにより、メーカーやユーザーが共通の基準でデバイスを評価できるようになり、さらなる市場普及を後押しすると期待されています。
信頼性評価の標準化は、自動車などの高信頼性が求められる分野へのGaN導入を加速させる重要な要素です。従来、GaNデバイスは特性上、長期的な信頼性を短時間で評価することが非常に難しく、製品開発における大きなボトルネックとなっていましたが、標準規格の制定により、この課題が解消されつつあります。
また、STMicroelectronicsは8インチGaNファブを建設中、Nexperiaはeモードプラットフォームを拡張、Samsungも2026年にGaNパワーデバイスのリリースを予定しているなど、グローバル大手企業の参入も相次いでいます。市場の拡大に伴い、エコシステム全体の成熟が進んでいます。
製造技術の進化:ウェーハサイズの大型化
現在の主流は6インチGaN-on-Siだが、8インチへの移行が進んでおり、2030年までに需要の80%以上を占めると予測されています。12インチ化については、Intelが2024年第4四半期にGaN-on-TRSOIの初期結果を発表するなど、先進的な取り組みが始まっています。
ウェーハサイズの大型化は、1枚のウェーハから取れるチップ数を大幅に増やし、製造コストの削減につながります。三菱ケミカルグループと日本製鋼所が共同で開発した技術では、製造コストは従来手法に比べ10分の1程度に削減できる見込みとされています。
まとめ:GaNが切り拓く、電力効率の極限
GaNパワー半導体は、その圧倒的な高速・高効率特性により、従来のSiでは不可能だった小型化と省エネを同時に実現します。現在は650V級の横型構造が主流ですが、今後は1200V級に対応可能な**「縦型GaN(GaN-on-GaN)」**の研究開発も進んでおり、さらに広い領域での活躍が期待されています。
市場の展望:
富士経済は、GaNパワー半導体の世界市場規模が2023年は74億円、2035年は2674億円になると予測しています。2024年はスマホなどの民生機器やデータセンターのサーバー電源向けなどを中心に需要が増加し、今後は自動車・電装向けでオンボードチャージャやDC-DCコンバーターなど補機系での本格採用で市場が拡大するとしています。
技術革新の方向性:
豊田中央研究所と名古屋大学は、GaN結晶のm面にMOS構造を形成し、界面トラップを極小化させることによって、高信頼性と高性能を両立させたGaN縦型MOSFETを実現するための技術を開発しました。このような基礎研究の進展が、将来的なブレークスルーへの道を開いています。
自動車業界への影響:
EVの主機インバーターこそSiCが主流ですが、急速充電に対応したOBCやDC-DCコンバーター、さらには将来的なマイルドハイブリッド車や48Vシステムなど、GaNが活躍する場面は確実に増えています。自動車の電動化が進む中、パワー半導体の技術革新は、車両設計の自由度を大きく広げる可能性を秘めています。
GaNは、デジタル化と脱炭素化という二大トレンドを繋ぐ、まさに「電力の魔法」のようなキーデバイスと言えるでしょう。私たち自動車業界に携わる者にとって、この技術の進化を追い続けることは、未来のモビリティ社会を理解する上で不可欠な視点となるはずです。
今後の注目ポイント:
技術革新のスピードが加速する中、GaNパワー半導体は私たちの生活とモビリティの未来を、より効率的で持続可能なものへと変えていく原動力となることでしょう。

