自動車業界の視線がラスベガスに注がれる中、ジェンテックス(Gentex)社が発表した新技術は、これまでの「部品サプライヤー」という枠組みを大きく超えるものでした。特に日本の国産車メーカーにとっても、同社の技術は次世代の安全基準を策定する上で欠かせないピースとなりつつあります。
2026年1月6日から開幕したCESにおいて、ジェンテックスは5つの異なる展示エリアを3つの会場ホールに展開するという、同社史上最大規模のプレゼンスで、自動車技術の未来を提示しました。本記事では、CES 2026で明かされた最新技術の実力と、それが国内新型車にどのような変革をもたらすのか、業界関係者が注目すべき3つのポイントを深掘りします。
なぜ今、ジェンテックスなのか? 多角化戦略が描く未来のモビリティ像
自動車の枠を超えた成長戦略
ジェンテックスは、長年培ってきた電気光学製品の技術を基盤に、自動車分野以外の垂直市場(バーティカル)でもリードを築く戦略を強化しています。その主な狙いは、収益源の多様化と、中長期的な収益性の向上にあります。
「ライフ・セーフティ」への領域拡大
同社は現在、スマートホーム、アクセス制御(入退室管理)、プレミアムオーディオ、そして医療産業へと足場を広げています。1974年に防火製品製造会社として創業した同社は、初の二重センサー光電煙感知器を開発し、火災検知の精度を飛躍的に向上させました。1990年代には聴覚障害者向けのストロボライト付き煙感知器を発表するなど、常に「命を守る技術」を追求してきました。
現代においては、視覚障害者を支援するデジタル補助装置「eSight」などの医療・福祉分野への進出が、同社のコア技術を応用した新たな成長ドライバーとなっています。CES 2026でも「eSight Go」のソフトローンチが行われ、ウェアラブル視覚支援技術の可能性を示しました。
「自動車の魂」としてのプラットフォーム構築
NvidiaのSri Subramanian氏は、車を「魂を持つ家族の延長」として捉えるビジョンを提示しました。単なるミラーの提供に留まらず、車内を「家族の延長」や「パートナー」のように機能させるためのデータ・エコシステムを構築しようとしています。これには、後述する買収戦略も深く関わっており、自動車のダッシュボードにおける支配的な役割を維持しつつ、家庭内(スマートホーム)とのシームレスな接続を狙っています。
リスク分散と成長の加速
特定の業界(自動車)の景気サイクルに左右されない強固なビジネスモデルを構築するため、医療や防犯といった安定需要が見込まれる分野への投資を惜しみません。この戦略的多角化により、ジェンテックスはグローバルな電気光学製品のリーディングカンパニーとしての地位をさらに強固なものにしようとしています。
CES 2026で明かされた革新技術 ── 「受動」から「能動」への進化
CES 2026で披露された技術は、従来の「受動的な支援」から、AIを駆使した**「能動的なコンパニオン」**への進化が最大の特徴です。
次世代フルディスプレイミラー(FDM)と「ダイナミック・ビュー・アシスト」
2016年の登場以来、ジェンテックスのFDMは業界をリードするデジタルリヤビューミラーとなり、現在では世界中の140車種以上に搭載されています。従来のFDMは、単に後方カメラの映像を映すものでしたが、次世代モデルは**「Dynamic View Assist(DVA)」**を搭載し、状況に応じて画角を自動最適化します。
DVAの具体的な機能
低速走行時の視野拡大
車両が低速で移動している際、システムは自動的にデジタル視野を拡大し、周囲の安全確認をサポートします。駐車場内での移動や渋滞時など、周辺の状況把握が重要な場面で威力を発揮します。
後退時の視野最適化
バックギアに入れると、ディスプレイを下方へ自動的に傾け、駐車時の視認性を高めます。従来のカメラシステムでは見落としがちだった低い障害物や縁石なども、より確実に捉えることができます。
死角検知との連動
死角に車両が入ると、ディスプレイを横方向に自動拡大して警告します。車線変更時の安全性が飛躍的に向上し、ブラインドスポットに起因する事故のリスクを大幅に低減します。
ピックアップトラック対応「ベッド・カム」

荷台の様子をインセット画像で確認できる機能も追加されました。荷物の積載状況や荷台からの落下物などを、運転席からリアルタイムで監視できます。
この次世代FDMは、単なる「後方確認装置」から、ドライバーの意図を先読みして最適な視界を提供する「インテリジェント・ビジョン・パートナー」へと進化を遂げています。
2. ドライバーおよび車内監視システム(DMS/ICMS)の深化 ── 生体情報まで踏み込む次世代安全
欧州連合の一般安全規則や各国のNCAPプログラムが自動車メーカーにドライバーモニタリングシステムの統合を奨励している背景もあり、ジェンテックスは複数のOEM顧客との契約を獲得しています。
従来のシステムが主に「わき見」や「居眠り」の検知に留まっていたのに対し、新システムは**「乗員の生体情報」**まで踏み込んでいます。
高度な生体検知機能
ジェンテックスのBrian Brackenbury氏は、「眠気、居眠り、不適切な着座姿勢、食事中、電話中、怒りの感情など、車内での検知可能な状態は多岐にわたる」と説明しました。
システムは呼吸数や肌の色の微細な変化を分析し、心拍数やバイタルサイン、さらには認知状態(混乱や重度の疲労)を推定します。ドライバーの頭部の位置、視線の方向、その他の指標を追跡し、注意散漫、眠気、突然の体調不良、半自動運転車両における手動制御への復帰などを判断します。
3D車内監視の実現
構造化光を用いた3Dセンサーにより、乗員の体格に合わせたエアバッグの展開調整や、車内に取り残された子供やペットの検知(Presence of Life)が可能になりました。2Dおよび構造化光ベースの3D車内監視により、乗客、行動、物体、さらには生命の存在まで検知できます。
EUは2026年までに、欧州市場に導入される1,800万台すべての車両にドライバーの眠気と注意散漫を効果的に検知する装備を義務付けることを決定しており、ジェンテックスの技術はこの規制要件に完全に対応しています。
衝突後通信機能
事故発生時、ドライバーの健康状態データを付加して緊急通報を行う機能を備えています。この「ポスト・クラッシュ・コミュニケーション」により、救急隊は到着前にドライバーの状態を把握でき、より適切な救命措置の準備が可能になります。
さらに、Euro NCAPの2026年プロトコルでは、衝突後の安全性として、電動式外部ドアハンドルが衝突後も作動可能であることや、電気自動車の高電圧バッテリーの適切な隔離管理、乗員数を含む自動緊急通報の詳細情報提供が求められており、ジェンテックスのシステムはこれらの要件にも対応しています。
フィルムベースの調光ガラス技術 ── サンルーフから未来の窓へ
従来の調光ガラスに比べ、フィルムベースのエレクトロクロミック技術への移行が進んでいます。

製造の柔軟性と大型化対応
ロール状のフィルムを使用することで、大型のパノラマルーフなどへの適用が容易になりました。CES 2026では、新しい調光プロファイルを搭載した調光式サンルーフガラスや、様々な統合型バニティミラーデザインを組み込んだ調光サンバイザーが展示されました。
低消費電力とメモリ機能
電力を遮断してもその時の透過率を維持できる「双安定性」を備えており、車両のエネルギー効率を高めます。特に電気自動車において、この省エネルギー特性は航続距離の延長に直接貢献します。
ジェンテックスは1982年にグレア条件に合わせて自動的に調節する防眩ミラーを初めて発表し、1987年にはエレクトロクロミズムに基づく自動防眩ミラーを発表しました。グレア(まぶしさ)の低減は、グレア源が視界から離れた後のトロクスラー効果が原因で起こる一時的な盲点を取り除きます。この40年以上にわたる調光技術の蓄積が、現在のフィルムベース技術へと結実しているのです。
戦略的買収と提携が描く製品ポートフォリオの未来
ジェンテックスは、自社開発だけでなく、戦略的な買収と提携を通じて製品ポートフォリオを劇的に進化させています。

VOXXおよびPremium Audio Co.(PAC)の買収 ── 視覚と聴覚の統合
VOXXはリモートスタート、セキュリティ・テレマティクス、後席エンターテインメント、ドライバー安全、車内空間向上、商用車フリート向けソリューションを専門とし、2020年設立のPACはKlipsch、Onkyo、Integraなどの伝説的ブランドを擁するオーディオソリューションプロバイダーです。
この動きにより、**「Klipsch(クリプシュ)」や「Onkyo(オンキヨー)」**といった世界的オーディオブランドを傘下に収めました。これにより、自動車のインテリアに最高級の音響体験を統合し、視覚(ミラー・ガラス)だけでなく聴覚(オーディオ)も含めた包括的な車内空間の提供が可能になります。
プレミアムオーディオと先進的な視覚システムの融合は、車内を単なる移動空間から、五感を満たすプライベートサンクチュアリへと変貌させる可能性を秘めています。
ADASKY社との提携 ── 夜の目を手に入れる
ジェンテックスは2023年5月、イスラエルのADASKY社とのシリーズB投資ラウンドのリード投資家として契約を締結し、商業、エンジニアリング、製造に関する協力協定も確立しました。
ADASKY社の遠赤外線(LWIR:長波赤外線)センサー技術は、小型化と性能のバランス、ソリッドステート技術、高信頼性、シャッターレスの常時動作設計により業界で高く評価されています。
熱画像技術がもたらす革新
熱画像システムは昼間と同じように夜間も視認でき、眩しい光や悪天候の影響を受けず、既存のセンサー群のギャップを埋める技術です。これは、夜間や悪天候下での自動緊急ブレーキ(AEB)の精度を飛躍的に向上させ、既存のADASシステムの弱点を補完します。
通常のカメラやレーダーでは検知が困難な夜間の歩行者や動物、濃霧の中の障害物なども、熱画像技術であれば鮮明に捉えることができます。
世界初のFDM統合熱画像カメラ
CES 2024では、熱画像技術をFDMに統合した初の実装がデビューしました。後方視認用熱画像カメラをFDMシステムに組み込むことで、夜間運転時の後方シーン監視能力を劇的に向上させ、後退時の潜在的危険の識別を支援します。
The Genie Companyとのクラウド連携 ── 家と車をつなぐ架け橋
住宅設備の大手Genieとの提携により、HomeLinkはクラウドベースでガレージドアを操作できるようになりました。Apple CarPlayやAndroid Autoとの互換性も確保され、車と家を繋ぐコネクティビティの中核を担います。
次世代HomeLinkカーツーホームシステムは、The Genie Companyとの提携によるクラウドベースのガレージドア起動機能を含み、Apple CarPlayおよびAndroid Autoとの互換性を備えています。現在、HomeLinkは世界中で約1億1,000万台の車両に搭載されており、このクラウド統合により、さらなる利便性と安全性の向上が期待されます。
国内新型車への波及効果
ジェンテックス製品はすでにシボレー/ビュイック/GMC/キャデラック、トヨタ/レクサス、日産/インフィニティ、スバル、Jaguar Land Rover、ホンダ、Aston Martinなどの主要車種に採用されています。
特に日本市場では、トヨタのアルファード、クラウン、ハリアーをはじめ、レクサスの各モデル、日産・インフィニティ、スバル、ホンダの車種で、ジェンテックスの自動防眩ミラーやHomeLink機能が既に採用されています。
これらの提携による新機能(バイタル監視や高度なコネクティビティ)は、2027年頃の量産車から順次搭載される見込みであり、国産車の安全・快適基準を一段階引き上げることが期待されます。
規制と市場が後押しする技術革新 ── なぜ「今」なのか
欧州市場の規制強化
Euro NCAPは2026年から車の安全性評価方法に大規模な変更を実施し、2009年以来最大の改訂を行います。新システムは、安全運転、衝突回避、衝突保護、衝突後の安全という4つの主要段階を中心とした新しい評価手法を特徴としています。
Euro NCAPは5つ星の安全評価を得るためにDMSの搭載を義務付けており、欧州連合は2030年までに交通事故死亡者数を50%削減し、最終的に2050年までにゼロにすることを目指しているという明確な目標を掲げています。
日本市場への影響
日本の自動車メーカーは、欧州市場での販売を継続するために、これらの新基準に準拠した車両を開発する必要があります。結果として、欧州向けに開発された技術は、国内市場にも導入されるケースが多く、日本の消費者もこれらの先進安全技術の恩恵を受けることになります。
実際、トヨタの最新モデルであるアルファードやクラウンには、既にジェンテックスの防眩ミラーやHomeLink機能が搭載されており、次世代のFDMやDMSシステムも近い将来、国産車に展開されることが予想されます。
グローバル市場の動向
欧州だけでなく、中国や米国でも同様の動きが見られます。中国は2024年にC-NCAPプロトコルを更新し、先進運転支援システム(ADAS)、ドライバーモニタリングシステム(DMS)、道路特徴認識(RFR)を重視した内容となっています。
米国のIIHS(道路安全保険協会)も、半自動運転システムにおける安全機能の有効性を評価する新しいプログラムを導入しており、視線、頭の向き、手の配置などのドライバーの主要指標を監視するシステムに焦点を当てています。
このグローバルな規制強化の流れの中で、ジェンテックスの技術は各国の基準に対応できる柔軟性と先進性を備えており、世界中の自動車メーカーにとって不可欠なパートナーとなっています。
まとめ ── 未来の車は「目」と「耳」と「心」を持つ

ジェンテックスの新技術を例えるなら、**「常に背後を守りつつ、家族の体調まで気遣ってくれる熟練の執事」**のような存在です。従来のミラーが「単なる鏡」だったのに対し、次世代のシステムはドライバーの視線を先読みし、心拍を感じ取り、家の扉まで開けてくれる、文字通りの「プロアクティブなパートナー」へと変貌を遂げようとしています。
技術統合がもたらす価値
Dynamic View Assistによる状況適応型の視野提供、生体情報まで監視する高度なDMS、夜間でも障害物を検知できる熱画像技術、そしてプレミアムオーディオによる音響体験。これらすべてが統合されることで、車は単なる移動手段から、ドライバーと乗員の安全と快適性を総合的にサポートする「知的な空間」へと進化します。
プライバシーへの配慮
ジェンテックスのBrackenbury氏は「技術的に可能だからといって実装するわけではない」という原則を強調し、データプライバシーの重要性を指摘。収集データは車内に保存され、ビデオフレームなどの処理後に削除されるとしています。
高度な監視機能を持つシステムだからこそ、プライバシー保護への配慮が重要であり、ジェンテックスはこの点においても責任ある姿勢を示しています。
日本市場への期待
日本の自動車メーカーがこれらの技術をどう取り込み、独自のユーザー体験へと昇華させるのか。日本車が伝統的に得意としてきた「きめ細かな配慮」と「高品質な作り込み」に、ジェンテックスの先進技術が融合することで、世界をリードする安全で快適な車が生まれることでしょう。
トヨタ、日産、ホンダ、スバルなど、既にジェンテックス製品を採用している日本メーカーは、2027年以降の新型車において、これらの次世代技術を順次展開していくことが予想されます。アルファード、クラウン、ハリアー、レクサス各モデル、日産の主力SUVやセダン、スバルのアイサイト搭載車、ホンダのSENSING搭載車などで、さらに進化した安全・快適装備を目にする日も近いでしょう。
その答えは、すぐ先の新型車の中に示されることになるでしょう。CES 2026で明らかになったジェンテックスの技術革新は、自動車産業の未来を照らす光となり、日本の国産車を次のステージへと導く原動力となることは間違いありません。


