自動車業界に身を置いて46年、これまで数えきれないほどの新型車発表に立ち会ってきましたが、今回のホンダの発表は、正直なところ久々に胸が高鳴る内容でした。国内メーカーが自社の看板モデルを、あえて「逆輸入」という形で日本市場に持ち込む——これは決して珍しいことではありませんが、今回のケースは制度面でも商品面でも、これまでとは一線を画すものだと感じています。
本稿では、業界関係者という立場から、2026年3月に正式発表されたホンダの米国生産車「パスポート トレイルスポーツ エリート」の日本導入について、その背景から車両特性、そして今後の市場への影響まで、できる限り深く掘り下げてご紹介していきたいと思います。
発表の概要——2026年後半、2モデルが日本上陸
ホンダは2026年3月5日、米国で生産している2モデルを日本市場へ導入し、2026年後半より順次発売すると正式に発表しました。対象となるのは以下の2車種です。
- ACURA INTEGRA Type S(アキュラ インテグラ タイプS)
——Acuraブランドの高性能スポーツグレード - PASSPORT TRAILSPORT ELITE(パスポート トレイルスポーツ エリート)
——Hondaブランドの本格オフロード大型SUV
両モデルとも、ホンダの米国四輪開発・生産拠点である「Honda Development & Manufacturing of America, LLC」で生産されており、パスポートはアラバマ工場、インテグラ タイプSはメアリズビル工場からの供給となります。日本の完成車メーカーが、自社の米国生産拠点から完成車を輸入して正規ラインアップに加えるという構図は、これまでのホンダの歴史の中でもかなり異例の取り組みだと言えるでしょう。
この2モデルは、発表に先立って2026年初頭に開催された「東京オートサロン2026」および「大阪オートメッセ2026」に参考出品されており、来場者から非常に高い関心と市販化を望む声が寄せられていたことも、正式導入の後押しになったとされています。実際に会場の空気を知る立場として申し上げれば、あの反響の大きさは、単なる一過性の話題性では説明できないものがありました。
なぜ今、米国生産車の逆輸入なのか——新たな認定制度がカギ
今回の導入を可能にした背景には、国土交通省が新たに創設した「米国製乗用車に関する認定制度」の存在があります。これは、一定の安全基準・環境基準を満たした米国製乗用車について、これまでよりも効率的な手続きで日本国内での型式認証・販売を可能にする制度です。
日米間の通商環境が大きく動いている昨今、自動車分野における相互の市場アクセス改善は、業界にとって長年の懸案事項でした。今回の制度創設とホンダの迅速な対応は、その一つの成果と見ることができます。加えて、電気自動車シフトの停滞を受けてハイブリッド車や内燃機関モデルへの資源配分を強化するホンダの事業方針とも軌を一にしており、北米で磨き上げてきた商品力を日本市場でも収益源として活用しようという狙いが透けて見えます。
なお、この制度を活用した動きはホンダ一社にとどまりません。2026年9月には三菱が「パジェロ」の復活を発表し、日産も2027年前半に大型SUV「パトロール」の日本導入を予定していると報じられています。長らくトヨタ「ランドクルーザー」の独壇場だった国産大型クロスカントリーSUV市場に、複数のプレイヤーが相次いで参入する構図が生まれつつあり、業界関係者としてもこの数年の市場動向からは目が離せません。
パスポートという名前が背負う30年余りの歴史
「パスポート」というネームプレートには、実は30年を超える歴史があります。ここで改めて、その来歴を整理しておきましょう。
初代・2代目——いすゞとの協業から生まれたOEMモデル
パスポートの初代モデルが米国で発売されたのは1993年、ホンダにとって初のSUVでした。ただし当時のパスポートは自社開発車ではなく、いすゞ自動車から供給を受けた「ロデオ」(日本国内での姉妹車は「ミュー・ウィザード」)にホンダのバッジを付け替えたOEM車両でした。この体制は2代目まで続きましたが、その後CR-V、エレメント、パイロットといった自社開発SUVがラインアップに加わったことで、パスポートは2002年に一度姿を消しています。
復活と方向転換——パイロットの兄弟車からオフロード特化へ
パスポートの名前が再びよみがえったのは2019年のことです。このときは、フルサイズSUVである「パイロット」をベースに、全長を短縮した2列シートモデルとして復活しました。そして2025年、「2026年モデル」としてフルモデルチェンジを受けた現行型では、アドベンチャー・ライフスタイル志向のユーザー層を意識し、オフロード性能を大幅に強化する方向へと大きく舵を切っています。
この設計思想の転換は、外観にも色濃く表れています。1997年から2002年にかけて販売されていた、いすゞ製の2代目モデルを彷彿とさせる、ずんぐりとした角ばったフォルム。先代よりも直立に近いフロントガラスの傾斜、前端までまっすぐ伸びるフラットなボンネット、後席ドア後方で跳ね上がるベルトライン——これらの意匠は、都市型の洗練を志向していたひと世代前のパスポートとは明確に一線を画すものです。
新型パスポート トレイルスポーツ エリートの実力を読み解く
ボディサイズと走破性能
日本市場に投入されるのは、パスポートのラインアップの中でもオフロード性能をさらに高めた最上級グレード「TRAILSPORT ELITE」1グレードのみです。まずは基本諸元を確認しておきましょう(米国仕様値)。
- 全長/全幅/全高:4,864mm/2,017mm/1,857mm
- ホイールベース:約2,885mm
- 最低地上高:211mm
- 乗車定員:5名
- 車両重量:2,134kg
参考までに、国内の本格クロスカントリーSUVの代名詞であるトヨタ「ランドクルーザー300」の全長4,985mm×全幅1,980mm×全高1,925mmと比較すると、全長ではやや及ばないものの、全幅では200mmを超える規格外の堂々たる体躯を誇り、地上高でもジムニーシリーズを上回る数値を確保しています。日本の道路事情を考えると取り回しには相応の慣れが必要になりますが、その分だけ存在感は圧倒的です。
今回のフルモデルチェンジでは、ホイールベースが先代比で約70mm延長される一方、フロントオーバーハングは切り詰められており、その結果、前輪が障害物を乗り越える際の角度を示すアプローチアングルは21.1度から23度へと拡大しています。前後のトレッド幅もそれぞれ約33mm・38mm拡大されており、悪路走破時の安定性向上に寄与しているものと見られます。
足回りは、フロントがマクファーソンストラット式、リアがマルチリンク式という基本レイアウトこそ先代から踏襲していますが、内容は刷新されています。荒れた路面走行時にサスペンション部品が変形するリスクを抑えるため、サスペンションアームには鍛造鋼、ナックル部には鋳鉄が採用されており、耐久性を重視した本格オフローダーらしい構成となっています。
パワートレインと走行モード
搭載されるエンジンは、3.5L V型6気筒の自然吸気ユニットです。
- エンジン:V型6気筒 3.5L
- 駆動方式:4WD(フルタイム)
- トランスミッション:10速オートマチック
- 最高出力:285hp(SAE net)/6,100rpm
- 最大トルク:262lb-ft(SAE net、約36.2kgf・m)/5,000rpm
ダウンサイジングターボが主流となった現在においては、あえての自然吸気V6という選択に古き良き北米SUVらしさを感じる方も多いのではないでしょうか。過給機付きエンジンに比べてレスポンスの素直さや吹け上がりの気持ちよさに定評があり、長距離クルージングでの扱いやすさという観点でも評価できるユニットです。
走行モードは、ノーマル・エコノミー・スポーツ・スノー・トレイル・サンド・牽引の7種類が用意されており、路面状況や用途に応じて駆動制御やスロットル特性を細かく最適化できる仕様となっています。舗装路での快適性と、未舗装路・悪路での走破性という、相反する要求を高い次元で両立させようとする設計思想が随所に感じられます。
インテリアと快適装備
トレイルスポーツ エリートのインテリアは、「冒険」と「実用性」を軸にまとめられており、外観のタフな変貌に呼応する形で刷新されています。ホイールベースの拡大に伴って後席のレッグルームも先代比で拡大されており、後席の足元が完全にフラットになっている点も特筆すべきポイントです。通常はEVで見られるこの設計により、後席中央に座る乗員の圧迫感が大幅に軽減されています。
最上級グレードらしく、オレンジのコントラストステッチを施したレザーシートが採用されているほか、快適装備・インフォテインメント関連も現行水準にしっかりと対応しています。
- 12.3インチ カラータッチスクリーン(インフォテインメントシステム)
- 10.2インチ デジタルメータークラスター
- ワイヤレス充電器
- 前後席シートヒーター
このあたりの装備充実度は、単なる「無骨なオフローダー」にとどまらない、日常使いでの快適性も両立させようとするホンダらしいバランス感覚の表れだと感じます。
左ハンドル仕様のみという「割り切り」をどう見るか
今回のパスポート日本導入で、業界関係者として特に注目しているのが「左ハンドル仕様のみ」という点です。右ハンドルへのコンバートは行わず、米国仕様そのままの左ハンドルで日本に投入されることが明らかになっています。
これは、輸入コストや開発リソースの観点から見れば合理的な判断です。右ハンドル化には専用の設計・生産ライン対応が必要となり、投入台数が限定的な逆輸入モデルにおいては採算性の面でハードルが高くなります。一方で、日本の消費者にとって左ハンドル車での日常使用には、駐車場や狭い路地でのすれ違い、コンビニのドライブスルーなど、右ハンドル車とは異なる慣れが求められるのも事実です。
ただし、これは必ずしもマイナス要因とは言い切れません。むしろ「人とは違う一台を持ちたい」というこだわり派のユーザーにとっては、左ハンドル仕様であること自体がプラスの個性として映る可能性があります。スクエアなボディ形状は車両感覚をつかみやすいという声もあり、見た目の迫力ほどには扱いにくくないという評価も一部で聞かれます。46年間さまざまな輸入車・逆輸入車を見てきた経験から言えば、こうした「割り切った」個性の強い商品ほど、コアなファン層を確実につかむ傾向があるように思います。
想定価格とライバルとの位置関係
正式な国内価格は本稿執筆時点では未発表ですが、市場では800万円〜900万円程度が想定価格帯として語られています。これはホンダの国内ラインアップとしては異例の高価格帯であり、プレミアムSUVに近いポジショニングになると見てよいでしょう。
この価格帯で想定される競合・比較対象としては、以下のようなモデルが挙げられます。
- トヨタ ランドクルーザー300:
国内本格クロスカントリーSUVの代名詞的存在。信頼性とリセールバリューで根強い支持 - 三菱 パジェロ(2026年復活発表):
かつての国産クロカン王者の再始動 - 日産 パトロール(2027年前半導入予定):
同じく米国生産車の逆輸入モデルとして参入予定
これまでランドクルーザーがほぼ独占していた国内の大型クロスカントリーSUV市場に、パスポート、パジェロ、パトロールと立て続けに新たな選択肢が加わることになります。ユーザーにとっては選択の幅が大きく広がる歓迎すべき動きであり、各メーカーの商品力・サービス体制の差が改めて問われる局面に入っていくと見ています。
同時導入されるアキュラ・インテグラ タイプSについて
今回の発表では、パスポートと並んで「ACURA INTEGRA Type S」の導入も同時に発表されています。こちらはAcuraブランドの高性能スポーツグレードで、北米で販売されているインテグラに、6速マニュアルトランスミッションと2.0Lターボエンジンを組み合わせた仕様です。
- エンジン/駆動方式:直列4気筒 2.0Lターボ/FF
- トランスミッション:6速マニュアル
- 最高出力:320hp/6,500rpm
- 最大トルク:310lb-ft/2,600〜4,000rpm
- 車両重量:1,460kg
大型SUVのパスポートとは対照的に、こちらはストリートでの機敏さと存在感を追求したハイパフォーマンスモデルです。1986年設立のAcuraブランドは、北米市場を中心に走りと上質さを追求したプレミアムパフォーマンスブランドとして展開されてきましたが、日本での正規導入は長らく実現していませんでした。今回、対照的な性格を持つ2台が同時に日本上陸を果たすという構成そのものが、ホンダの米国生産車活用戦略の本気度を物語っていると言えるでしょう。
業界関係者としての総括
今回のパスポート日本導入は、単なる一車種の追加にとどまらない意味を持っていると、業界関係者としては見ています。電気自動車市場の減速を受けてハイブリッド車を中心とした収益改善に舵を切りつつあるホンダにとって、北米で磨いてきた大型SUVという「稼ぎ頭」を、新たな認定制度という追い風を得て日本市場でも収益源に変えていく——この一連の流れは、極めて合理的な経営判断だと評価できます。
一方で、左ハンドル仕様のみという制約や、800万円台とも噂される価格設定は、決して万人向けの商品ではありません。しかし、だからこそパスポートは「量を追わない、個性で勝負する一台」としてのポジションを確立できる可能性を秘めています。2026年後半の発売開始に向けて、正式な国内価格・グレード構成・納期見通しなど、続報が入り次第また改めてお伝えしていきたいと思います。
自動車業界に長く身を置く一人として、こうした新しい選択肢が市場に加わっていくこと自体を、率直に楽しみにしています。


