レアアース中国からの依存脱却:南鳥島近海の海底に眠る豊富な資源

EV

「あと3ヶ月で生産ラインが止まる」——2025年1月、大手自動車メーカーの生産管理部門に緊迫した空気が走りました。中国によるレアアース輸出規制の強化により、EVモーター用の磁石材料の調達が逼迫。一部の小型車は国内生産停止に追い込まれる事態となったのです。

世界的な脱炭素化の潮流の中で、電気自動車(EV)へのシフトは加速の一途をたどっています。しかし、その華々しい発展の裏側で、日本の自動車産業は**「レアアース(希土類元素)」の供給という極めて深刻な脆弱性**を抱えています。EVの心臓部であるモーターやバッテリーに不可欠なこの資源は、現在その多くを中国に依存しており、地政学的なリスクが顕在化するたびに日本の産業基盤は大きく揺らぎます。

本記事では、自動車業界関係者が直面するレアアース問題の本質を掘り下げ、日本がいかにして「脱・中国依存」を達成し、自律的な資源確保に向けた「ゲームチェンジャー」を手に入れようとしているのか、その多層的な戦略を詳細に解説します。

スポンサーリンク

自動車産業が抱えるレアアース問題——見えない「産業の生命線」

EVを支える「見えざる英雄」たち

EVの性能を左右する基幹部品であるモーター、バッテリー、半導体には、レアアースが不可欠です。特に、強力な磁力を生み出す「ネオジム磁石」にはネオジムのほか、高温下でも磁性を保つための補助材料としてジスプロシウムやテルビウムといった重希土類が用いられます。

なぜこれほどまでにレアアースが重要なのでしょうか。答えは「性能の圧倒的な差」にあります。ネオジム磁石は従来のフェライト磁石と比べて約10倍もの磁力を発生させることができ、これによりモーターの小型化・軽量化・高効率化が実現します。つまり、同じ電力でより長い航続距離を得られるのです。現代のEVが実用的な移動手段として成立しているのは、まさにこの「小さな元素」のおかげと言っても過言ではありません。

業界を襲う三重の危機

しかし、自動車産業が直面している現実は過酷です。

需要の急増:

国際エネルギー機関(IEA)の予測によれば、温室効果ガス排出量ネットゼロを目指す中で、クリーンエネルギー向けのレアアース需要は2030年までに現在の3〜7倍に膨れ上がると見込まれています。風力発電のタービンにも大量のネオジム磁石が使われるため、EV以外の分野でも争奪戦が繰り広げられているのです。

供給途絶リスク:

レアアースの供給に支障が生じれば、温室効果ガス削減目標の達成が後ずれするだけでなく、自動車の生産ラインそのものが停止する恐れがあります。部品メーカーの在庫は通常1〜3ヶ月分程度であり、長期的な供給途絶には極めて脆弱です。

実害の発生:

2025年には、中国による輸出規制強化の影響で、日本の自動車メーカーが小型車の国内生産停止に追い込まれるといった象徴的な事例も発生しています。もはやこれは仮定の話ではなく、現実に起きている危機なのです。

このように、レアアースは単なる材料の一つではなく、**日本の製造業の存立を左右する「戦略的物資」**となっているのです。ある業界関係者は「レアアースなしでEVを作ろうとするのは、血液なしで人間を動かそうとするようなもの」と表現します。


スポンサーリンク

日本の産業界が直面する中国産レアアースへの依存リスクの本質

単なる「調達先の偏り」ではない構造的問題

日本が抱える依存リスクの本質は、中国が握る**「圧倒的な独占状態」と、それを外交的なカードとして利用する「地政学的リスク」**にあります。

1. 採掘から精製に至る圧倒的シェア

多くの人が誤解していますが、問題は中国に「レアアースの鉱山が多い」ということだけではありません。実は、レアアースはその名に反して地殻中の存在量は比較的豊富で、アメリカ、オーストラリア、ベトナムなど世界各地に鉱床が存在します。

真の問題は精製・加工技術です。中国は世界のレアアース生産の約7割を占めていますが、より深刻なのは精製・加工工程における支配力です。レアアース鉱石から工業利用可能な酸化物や金属に精製する工程は、環境負荷が高く高度な技術を要します。採掘地点がどこであれ、工業利用可能な形態にする精製工程において、中国は世界市場の約91%を占有しています。

日本は現在、レアアース輸入の約6割を中国に頼っており、この依存構造が供給の脆弱性を生んでいます。中国以外から鉱石を調達しても、精製を中国に頼らざるを得ないケースが多く、「真の脱中国」は容易ではないのです。

2. 地政学的緊張と価格支配力——繰り返される「資源外交」

中国はレアアースを「外交手段」の一つとして明確に位置づけており、輸出規制を強化することで他国を牽制する姿勢を見せています。

輸出規制の歴史:

2010年の尖閣諸島沖での衝突事件の際、中国は対日レアアース輸出を事実上制限し、日本企業に深刻な打撃を与えました。当時、ジスプロシウムの価格は約4ヶ月で13倍にも高騰し、中小の磁石メーカーの中には倒産に追い込まれた企業もありました。この出来事は、日本の産業界に「レアアースは武器になる」という現実を突きつけたターニングポイントとなりました。

許可制の導入:

2025年には、EV用モーター磁石に欠かせない元素を含む7種のレアアース(ガドリニウム、テルビウム、ジスプロシウム、ルテチウム、スカンジウム、イットリウム、これらの元素で作った磁石材料)の輸出に政府の許可を義務付け、事実上の供給抑制措置を講じています。これは単なる貿易管理ではなく、明確な戦略的コントロールです。

価格操作と技術流出:

中国は独占的な地位を利用して市場価格を操作できるほか、取引を通じた技術流出の懸念も日本の産業界にとっての大きな重圧となっています。中国企業との合弁を条件に供給を安定化させる提案もありますが、これは長期的には日本の技術優位性を失うリスクを伴います。

3. 経済損失の甚大さ——数字が示す危機の実態

野村総合研究所の調査によれば、レアアースの輸入が3カ月間停止した場合の経済損失は約6,600億円、1年間では2.6兆円に達すると試算されており、特にEVやハイブリッド車(HV)を抱える自動車産業への影響は最も顕著で、生産量17.6%減少と予測されています。

この数字は日本の自動車産業全体の年間生産額(約60兆円)の4%以上に相当します。さらに、サプライチェーンの川下への波及効果を考慮すれば、雇用や地域経済への打撃は計り知れません。一台のEVには約3万点の部品が使われており、磁石ひとつの供給が止まるだけで、その全てが無用の長物となるのです。


スポンサーリンク

レアアースの供給網を多角化するために各国はどのような連携を進めているか

「フレンドショアリング」——同盟国で築く新たなサプライチェーン

中国依存の脅威は日本のみならず、米国や欧州(EU)も共有しており、**「フレンドショアリング(同盟国・友好国間での調達)」**を中心とした国際的な供給網の再編が急ピッチで進んでいます。これは単なる調達先の分散ではなく、価値観を共有する国々との間で戦略的に資源安全保障を構築する試みです。

1. 日米豪による具体的なプロジェクト

双日とJOGMECの先駆的取り組み:

日本の商社である双日と独立行政法人石油天然ガス・金属鉱物資源機構(JOGMEC)は、2011年からオーストラリアのライナス社に総額約250億円を出資し、中国を経由しない供給ルートを構築しています。西豪州のマウントウェルド鉱山で採掘し、マレーシアで精製された重希土類を日本へ輸入する体制が2025年に本格稼働しました。この動きは2010年の尖閣問題を受けた「脱中国」の最初の成功例として、業界内で高く評価されています。

米豪首脳の歴史的合意:

2025年、米国とオーストラリアは重要鉱物の安定供給に向けた協力枠組みに合意し、共同プロジェクトに少なくとも10億ドル(約1,500億円)の資金を提供することを決定しました。これはテキサス州に建設予定の分離・精製施設への投資も含まれ、「採掘から精製まで」を友好国圏内で完結させる野心的な計画です。

2. 米国・欧州の強力な法規制——市場メカニズムによる脱中国

米国の軍事規制(DFARS):

米国防総省は国防連邦調達規則(DFARS)を改正し、2027年1月1日から中国やロシア、北朝鮮、イランといった「対象国」が関わったレアアース磁石を使用した製品の納入を禁止する厳しい規則を導入しています。これにより軍需産業だけでなく、民間でも対米輸出を視野に入れる企業は非中国産への切り替えを迫られています。

EUの重要原材料法(CRMA):

EUは2023年に採択した重要原材料法により、2030年までに、どの第三国からの輸入依存度も65%未満に抑えるという数値目標を掲げ、域内での採掘やリサイクルを強化しています。さらに、域内消費量の少なくとも10%を域内採掘、40%を域内加工、25%をリサイクルで賄うという具体的な目標も設定され、法的拘束力を持たせています。

3. 多国間枠組みの活用——「ミネラル安全保障」の国際協調

日米豪印(QUAD)やG7は、「クリティカルミネラル行動計画」などを策定し、サプライチェーンの安定化やリサイクル技術の国際協力、ASEAN諸国への技術協力などを推進しています。特に注目されるのが「鉱物安全保障パートナーシップ(MSP)」で、米国主導で14カ国が参加し、重要鉱物の探査から加工、リサイクルまでの全工程で協力する枠組みが2022年から動き始めています。

これらの動きは、かつての石油を巡る資源外交と同様、レアアースが「21世紀の戦略物資」として国家間競争の焦点となっていることを如実に示しています。


スポンサーリンク

日本は自律的な資源確保に向け技術開発や国内採掘をどう推進しているか

三段構えの「脱依存」戦略

日本は、海外からの調達多角化に加え、**「代替技術の開発」「リサイクルの高度化」「国内資源の開発」**という三段構えの戦略で自律性の確保を狙っています。この多層防御こそが、単一の解決策に頼らない日本らしい緻密なアプローチです。

1. 脱レアアース・代替技術の開発——「使わない」という選択肢

レアアースを使用しない、あるいは極力抑える技術開発が急速に進んでいます。

重希土類フリー磁石の実用化:

ホンダは大同特殊鋼と共同で、重希土類(ジスプロシウムやテルビウム)を全く使用しないネオジム磁石を世界で初めて実用化し、2025年発売のハイブリッド車「新型フリード」に採用しました。これは結晶粒の微細化と配向制御という冶金技術の革新により、重希土類なしでも高温下で磁力を維持できる画期的な成果です。従来、モーター内部は100℃を超える高温環境になるため、磁力低下を防ぐために重希土類の添加が不可欠とされていましたが、この常識を覆したのです。

モーターの革新:

さらに根本的なアプローチとして、磁石を使用しない「巻線界磁モーター」の開発も進んでいます。これは電磁石の原理を応用したもので、永久磁石が不要となります。日本電産(現ニデック)やデンソーなどが開発を加速させており、2020年代後半の量産車への搭載を目指しています。また、新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)の支援のもと、安価なフェライト磁石でも高い性能を発揮できるモーター鉄心技術の開発が民間企業によって進められています。

2. 「都市鉱山」のリサイクル——廃棄物を資源に変える

使用済みEVバッテリーや電子機器からの磁石回収技術が実用化段階にあります。日本国内には推定で約30万トンのレアアースが家電製品や自動車として「眠っている」とされ、これは「都市鉱山」と呼ばれています。

日立製作所や東芝などは、使用済みハードディスクや産業用モーターから高効率でレアアースを回収する技術を確立し、回収率90%以上を達成しています。また、国内の中古EVがバッテリーと共に海外へ流出することを防ぐ「囲い込み」の仕組みづくりが、日本自動車工業会や自治体主導で始まっています。

経済産業省は2030年までにレアアース需要の30%をリサイクルで賄う目標を掲げており、廃棄物処理法の改正や回収インセンティブの整備を進めています。

3. 国内資源の「ゲームチェンジャー」:南鳥島レアアース泥

そして、最大の期待を集めているのが、日本の排他的経済水域(EEZ)内にある南鳥島近海の海底レアアース泥です。これは文字通り、日本の資源戦略を根底から変える可能性を秘めた「ゲームチェンジャー」なのです。

莫大な埋蔵量:

東京大学の加藤泰浩教授らの研究チームによる調査では、推定埋蔵量は約1,600万トンで、EVモーターに不可欠なジスプロシウムは国内需要の約400年分、テルビウムは数百〜数千年分が存在すると分析されています。これは理論的には、日本が「レアアース輸入国」から「レアアース輸出国」へと転換できる可能性さえ秘めた規模です。

品質の優位性:

さらに注目すべきは品質です。中国産のレアアース鉱石は放射性元素であるトリウムやウランを比較的多く含むため、精製時の環境対策コストが高くなります。一方、南鳥島のレアアース泥は、中国産と異なり、放射性物質の含有量が極めて低く、処理コスト面での利点があります。また、泥の中でレアアースが吸着された状態で存在するため、希酸で容易に抽出できるという技術的メリットもあります。

今後の工程:

2026年1月より地球深部探査船「ちきゅう」による世界初の深海試掘が開始され、2028年度以降の商業化を目指しています。2025年には、海洋研究開発機構(JAMSTEC)と民間企業のコンソーシアムが水深2,500mでの揚泥試験に成功し、1日あたり数十トンの泥を連続的に引き上げる技術の実証に成功しました。

克服すべき課題:

ただし、水深5,700〜6,000mという深海から安定して揚泥する技術の確立や、中国産との価格競争力(採掘コストは中国産の数倍〜場合によっては数十倍)の確保が大きな課題として残っています。深海での作業は天候に大きく左右され、年間の稼働日数が限られること、専用の採掘船や揚泥システムの開発に巨額の初期投資が必要なことも障壁です。

これを乗越えるためには、安全保障上のプレミアム価格の許容(政府調達での優先使用など)や、米国やオーストラリアなど友好国との共同投資が不可欠です。実際、米国防総省は日本の深海レアアース開発に強い関心を示しており、技術協力の協議が水面下で進んでいるとされています。


スポンサーリンク

結論——「強靭な産業」を再構築するための戦い

日本のEV産業にとって、レアアースはまさに**「産業のビタミン」**です。少量で劇的な性能向上をもたらす一方で、不足すればシステム全体が機能不全に陥ります。

現在進められている南鳥島での開発や代替技術の確立は、単なる資源の確保にとどまりません。それは、特定国の政治的思惑に左右されない**「強靭な日本の自動車産業」を再構築するための戦い**なのです。

2010年の尖閣問題でレアアース危機を経験してから15年、日本は着実に「脱中国依存」への道を歩んでいます。重希土類フリー磁石の実用化、リサイクル網の整備、そして南鳥島という「希望の鉱床」——これらは決して一朝一夕で成し遂げられたものではなく、産官学が一体となった長期的な努力の結晶です。

技術開発と国家戦略が車の両輪となって進むことで、日本のEVは真の発展を遂げることができるでしょう。そしてその先には、資源小国と呼ばれた日本が、技術力と海洋資源を武器に「資源安全保障先進国」として世界をリードする未来が待っているかもしれません。

レアアース問題は、日本の自動車産業にとっての試練であると同時に、新たな飛躍のチャンスでもあるのです。