トヨタ自動車が「農業」を変える?【HAPPY AGRI】が描く生産管理とバイオ技術の融合

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自動車業界の巨人、トヨタ自動車。その名前を聞いて誰もが思い浮かべるのは、世界トップクラスの自動車製造プロセスや「トヨタ生産方式(TPS)」でしょう。しかし今、トヨタはその**「モノづくりの力」**を武器に、日本の農業が抱える課題に真っ向から挑んでいます。

それが、トヨタが展開する農業支援ブランド**「HAPPY AGRI ® 」**です。

本記事では、自動車業界関係者ならずとも注目すべき、トヨタの農業における「現場改善」と「最先端バイオ技術」の融合について、その全貌を徹底解説します。特に、自動車メーカーとは一見無関係に思える「豆乳」や「芝生」といった意外な商品展開にスポットライトを当て、トヨタの農業参入の真意と戦略を深掘りしていきます。

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「HAPPY AGRI」に込められたトヨタの想いとビジョン

トヨタが農業に取り組む理由は、単なる社会貢献活動に留まりません。そこには、自動車産業で培った知見を投入し、**「農業の持続的な発展」**を支えるという強い意志があります。

3つの大きな柱

トヨタは「HAPPY AGRI」を通じて、以下の3つの実現を目指しています。

  • 農業の生産性向上: 製造現場で培った効率化のノウハウを農地に導入。
  • 食の安定供給: 科学的なアプローチで収穫の安定化を支援。
  • 環境にやさしい農業: 資源の最適化と環境負荷の低減。

ロゴに込められた願い

「HAPPY AGRI」のロゴは、農家さんをモチーフに、文字を包み込むようなデザインになっています。これは、**「農業に関わる全ての人たちを笑顔にしたい」**というトヨタの想いを表現したものです。自動車という「動く喜び」を提供してきた企業が、次は「食と農の喜び」をデザインしようとしています。

プロジェクトの背景

トヨタの農業への取り組みは1990年代から始まり、2003年には自動車部品として世界初のバイオプラスチックを採用しました。背景には、資材価格の高騰、人手不足、気候変動など、国内農業が抱える深刻な課題があります。2024年1~8月に離農した農家は過去最多という報道もあり、危機的状況が浮き彫りになっています。

そこで2020年、トヨタは「農業を通じて、笑顔と幸せを量産したい」をコンセプトに、「HAPPY AGRI」ブランドを正式に立ち上げたのです。


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自動車製造の極意を農場へ:トヨタ生産方式の応用

トヨタの代名詞とも言える**「現場改善」**。これを農業の現場に持ち込んだのが、HAPPY AGRIの大きな特徴です。

農業の「ムダ」をなくす現場改善

自動車工場では、1秒のロスも許さない徹底した効率化が行われます。これを農業に適用することで、作業動線の最適化や資材管理の効率化を図ります。

「経験や勘」に頼りがちだった農業の工程を可視化し、データに基づいて改善を積み重ねるプロセスは、まさに製造業そのもの。業界関係者にとって、この**「生産管理ノウハウの農業転用」**は、非常に興味深い試みと言えるでしょう。

農家からの反応と実際の成果

当初、農家の方々はトヨタの申し出に不信感を抱いていました。愛知県内で広い稲作面積を誇る鍋八農産の八木輝治社長は、「なんでトヨタが農業に?と思いましたね。先代の親父は『トヨタがうちを乗っ取ろうとしている!』と警戒していました」と振り返ります。

しかし、トヨタ社員が毎日現場に通い、「なぜ、この作業をするんですか?」と改善点を探し始めると、目に見えて作業が楽になり、管理しやすくなったのです。

例えば、スコップの置き場が乱雑で、従業員がスコップを探しに行って帰ってこないという日常的な問題がありました。そこでスコップに番号を付けて、所定の場所に戻すことを徹底。それだけで一気にムダがなくなったのです。

八木社長は「すぐに結果が出ておもしろくなった。改善はヤバかった!」と驚きの声を上げています。トヨタの改善手法は、農業という伝統的な産業にも確実に効果を発揮したのです。


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テクノロジーで土を診る:土壌センシングサービス

先進技術で土壌成分を見える化し、適正な施肥設計を支援する土壌センシング技術の実証を行っています。
土壌成分の過不足を踏まえた施肥により、作物の生育不良を未然に防ぐことで、収量の安定化につなげます。
また、過剰な施肥をおさえることで環境への負荷を低減し、持続可能な”脱炭素”農業の実現に貢献します。

環境に配慮した持続可能な農業を実現するために、トヨタは高度な**「土壌センシング技術」**を提供しています。

土壌成分解析の科学的アプローチ

勘に頼った施肥(肥料やり)は、コスト増だけでなく環境負荷も高めます。トヨタは、土壌の成分を精密に解析するサービスを通じて、必要な場所に、必要な分だけ肥料を投入するスマート農業を推進しています。

この土壌センシング技術は、2023年に生研支援センターの「戦略的スマート農業技術の開発・改良」にも採択されており、国からもその価値が認められています。

分析結果がすみやかに分かるため、タイムリーな土づくりに活かせます。また土壌成分の分布を面的に捉え、無駄のない施肥設計に活かせます。これにより、作物の品質安定化と環境保護を両立させています。

トラクターで装置を牽引して走行し、光センサーを地中に潜らせて測定します。
測定後、すみやかにクラウドで解析し、各種土壌成分値を算出します。


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品種開発を加速させる「DNA解析技術(GRAS-Di ®)」

GRAS-Diは、「トヨタ独自のサンプル調製法」により、
高精度と低コストを両立したDNA解析技術であり、品種開発や系統解析の効率を高めます。

トヨタが開発した**「GRAS-Di ®(グラス ディーアイ)」**は、品種開発(育種)を劇的に効率化するDNA解析技術です。2025年10月にはタカラバイオ株式会社と次世代シーケンス用試薬の共同開発契約を締結。従来、膨大な時間を要した品種改良をデジタルデータと解析技術で加速させています。

農研機構との共同で黒穂病抵抗性のサトウキビ選抜用DNAマーカーを開発、日本のイネの詳細な遺伝解析にも成功するなど、様々な農作物の品種改良に応用されています。


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自動車メーカーが「豆乳」を販売?国産大豆応援プロジェクトの全貌

ここからは、本記事の最大の注目ポイント、トヨタの「豆乳販売」について詳しく解説します。自動車メーカーが豆乳を開発・販売するという、一見不可解なこの取り組みには、トヨタの深い戦略と覚悟が込められています。

プロジェクトの始まり:食料危機への備え

日本の農業の課題を解決するために、これまでに培った育種・栽培技術を活かし、
オレイン酸を多く含む大豆(高オレイン酸大豆)の生産から販売までを一気通貫でつなげ、
国産大豆の魅力づくりを進めています。

「国産大豆のおいしさをみなさまにお届けしたい」という想いを共にする仲間と一緒に、
食料自給率の向上や持続的農業の発展に向けて取り組んでいます。

国産大豆の自給率はわずか6%(重量ベース、令和4年度実績)。トヨタは2012年、将来の食料危機を見据え、大豆の栽培技術の研究を開始。2019年には産学連携でオレイン酸を多く含む大豆の開発をスタートし、2020年に「国産大豆応援プロジェクト」を立ち上げました。

高オレイン酸大豆とは?

高オレイン酸大豆は、オリーブオイルの主成分であるオレイン酸を一般的な大豆の約3~4倍含む品種です。オレイン酸は悪玉コレステロールを減らし動脈硬化を予防する効果があります。さらに、大豆臭の原因となるリノール酸の含量が低いため、大豆特有の青臭さが少なく、豆乳や大豆ミートなど様々な加工品に適しています。トヨタは佐賀大学・九州大学と共同で「SKT01」を開発し、2023年に品種登録出願しました。

マルサンアイとの共同開発:豆乳が生まれるまで

愛知県岡崎市に本社を構えるマルサンアイ株式会社。多くの人が見たことがあるであろう、大豆製品のトップメーカーです。

マルサンアイ開発統括部の谷口実優さんは、「大豆は通常、商社から仕入れるのですが、自動車メーカーから提案があったのは初めてでした」と笑顔で振り返ります。

トヨタとマルサンアイは、長い時間をかけて高オレイン酸大豆の特徴を活かした豆乳づくりに取り組みました。開発された「高オレイン酸 国産大豆の無調整豆乳」は、大豆と水以外の原材料を使わない無調整豆乳。だからこそ大豆のおいしさを存分に味わえます。

谷口さんは、「高オレイン酸大豆でつくった豆乳は、渋みやえぐみが少なく飲みやすい。なのにしっかりとしたコクや旨味もある。特別な加工なしでもすごく飲みやすいんです。大豆の脂質に着目したのは初めて。当社としても新しいチャレンジができた」と語っています。

■マルサンアイ株式会社について

代表者:代表取締役社長 稲垣 宏之
資本金:8億65百万円
設立:1952年3月
URL:https://www.marusanai.co.jp/

業務内容:豆乳を主とする植物性ミルク、および植物由来原料を使用したプラントベースフード等の
製造販売。2025年9月期の売上は、328億円。

当社では大豆を中心とした様々な製品の製造販売を通じて、企業理念である「健康で明るい生活へのお手伝い」を実現するとともに、今後も多くの方に大豆製品の魅力を感じていただけるよう、新商品開発や生活者との接点強化を図っていきます。

商品展開と反響

「高オレイン酸 国産大豆の無調整豆乳」は2024年10月1日から通販限定で販売が開始されました。
1L、6本入りで2786円(税込み)。当初は1000mlサイズのみでしたが、2026年3月には125mlサイズも全国発売される予定です。

この豆乳は、豆乳が苦手な人にもおすすめできる飲みやすさが特徴。コクと旨味がしっかりと感じられるクリーミーな味わいに仕上がっており、無調整豆乳を飲んでみたいと思っている方への入門商品としても最適です。

垂直統合型の支援モデル

「国産大豆応援プロジェクト」の真骨頂は、以下のプロセスを一気通貫で支援していることです。

  1. 新品種開発: 高機能な大豆の開発。
  2. 栽培支援: 農家への技術提供。
  3. 出口づくり: メーカーとのコラボ商品企画。

このように、「作って終わり」にしないビジネスモデルの構築は、サプライチェーン全体を管理する自動車メーカーならではの視点と言えます。

続々と登場するコラボ商品

高オレイン酸大豆を使った商品が続々と登場しています。京湯葉の老舗「ゆば庄」では「特濃くみあげ湯葉」や「高タンパク大豆拉麺」を開発。ハイアットリージェンシー京都や羽田空港ANA SUITE LOUNGEでも期間限定メニューとして提供されています。寿がきや食品の「HAPPY AGRI みそ煮込うどん」、地元ベーカリーとの大豆パン、ホテル百年草の大豆ミートカレーなど、幅広い食品に活用されています。

トヨタが食品業界に参入する意義

自動車メーカーが豆乳を開発・販売する。一見突飛に見えるこの取り組みは、実は極めて戦略的です。

トヨタは、単に農業を「支援」するだけでなく、生産から販売までの全プロセスに関わることで、国産大豆の魅力を最大化し、生産者の収益向上、食料自給率の向上、環境負荷の低減といった複数の目標を同時に達成しようとしているのです。

これは、自動車製造における「統合的なものづくり」の思想が、農業分野にも応用されている好例と言えるでしょう。


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もう一つの意外な商品:トヨタが開発した「芝生」

豆乳に続いて、もう一つの意外な商品が「芝生」です。トヨタは実は、芝生の品種開発と販売においても革新的な取り組みを行っています。

TM9:省管理型コウライシバの誕生

**TM9(ティーエムナイン)**は、トヨタが開発した省管理型のプレミアムコウライシバ(高麗芝)です。

開発のきっかけ

2000年、芝生の開発がスタート。開港準備が進む中部国際空港の担当者から「滑走路周辺の芝生の管理を省力化したい。芝刈り回数が少なく、手入れがラクな芝生をつくれないか?」と相談があったことがきっかけでした。

トヨタのアグリバイオ事業室は急ピッチで開発を進め、管理がラクなコウライシバの新品種「TM9」を完成させました。2005年の中部国際空港開港時には量産化が間に合わなかったものの、空港敷地内にある約700㎡の日本庭園にTM9が使用されました。

さらに、2005年の「愛・地球博」のトヨタグループ館の屋上緑化にも採用され、その後一般販売されることになったのです。

TM9の特徴と環境貢献

TM9の最大の特徴は芝刈り回数を大幅に減らせることです。草丈が一般の高麗芝の約半分以下で、年1~2回の芝刈りで美しい状態を維持可能。高密度・濃緑な葉で景観性に優れ、柔らかく子どもたちが遊べます。価格は通常の高麗芝の2~3倍ですが、管理コストを考えると長期的にはお得です。

環境面でのメリット

  • 芝刈り回数が半分以下になりCO2排出量を半減
  • 肥料使用量が半分で地球温暖化ガス排出を削減
  • 芝生のCO2吸収量は森林とほぼ同等
  • 夏場、土のグラウンドより表面温度が16℃低くヒートアイランド現象を緩和

実際の利用者の声

「芝張りははじめてでしたが、TM9の特性である柔らかさ、緑が濃い、管理が楽という点で決めました。芝を張ってから5カ月経ちましたが、いまでは隙間なくきれいな芝が育ち、お店に来るお客さんからも『ずいぶん早くきれいな芝になった』と大変好評で、パン屋のイメージアップになっています」(東京都青梅市のパン屋さん)

「庭でプールやバーベキュー、テントをたてたりしたくて天然芝が気になっていました。また芝が伸びにくいので手入れが楽で、手入れ時間を削減して趣味に勤しんでいます」(一般家庭の利用者)

品質管理と販売体制

TM9は、品質管理意識の高い厳選された法人により生産されています。生産地域は、関東~九州の合計7法人。芝生の生産に適した農地を選定し、年間計画に基づく管理が行われています。

生産中は定期検査などにより、雑草や病害虫を早期に発見し、防除しています。出荷時には密度や土付きを確認し、品質基準を満たした製品のみが出荷されます。

TM-Cross:改良ノシバの新展開

2025年7月発売の**「TM-Cross(ティーエムクロス)」**は、高密度・省管理タイプの改良ノシバです。茎葉の密度が一般的なノシバの約3倍で、雑草の発芽を抑制(実験では約3分の1に削減)。年1~2回の芝刈りで維持でき、発生する廃棄物量はノシバの約10分の1です。

コスト面でも優位性があり、5年目には通常のノシバより安価に。傾斜地や緑地帯での使用に最適で、景観性と管理コストの両立を実現しています。

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まとめ:HAPPY AGRIが切り拓く農業の未来

トヨタ自動車の「HAPPY AGRI」は、単なる異業種参入ではありません。自動車製造で培われた**「現場改善の哲学」、精密な「DNA解析技術」、そして市場までを見据えた「トータルプロデュース能力」**を統合し、日本の農業をより強く、より魅力的な産業へとアップデートしようとしています。

自動車業界の知見が農業を変える

「豆乳」と「芝生」は一見すると自動車とは無関係ですが、その開発プロセスにはトヨタの「ものづくり」のDNAが息づいています。豆乳事業では品種開発から販売まで一気通貫で手がけ、芝生事業では省管理というコンセプトで環境負荷低減とコスト削減を実現しています。

自動車業界に携わる私たちにとって、HAPPY AGRIは重要な示唆を与えてくれます。**「ものづくりの本質は業界を超える」こと、「技術の応用可能性は無限」であること、そして「社会課題への取り組みがビジネスになる」**ことを実証しています。

自動車業界の知見が土の上で花開く。**「HAPPY AGRI」**のこれからの展開から、ますます目が離せません。


参考文献・出典

  • トヨタ自動車 HAPPY AGRI 公式サイト
  • マルサンアイ株式会社 プレスリリース
  • トヨタイムズ「なぜ、それ、トヨタ」シリーズ
  • 日経クロストレンド 関連記事
  • TM9公式サイト