45年の業界関係者が、新グレード「PS」に込められた本気と、新色ジンクグリーン誕生の舞台裏を読み解く
2026年6月26日、マツダの看板であり続ける「ロードスター」「ロードスターRF」の商品改良が、ついに正式発表されました。発売は2026年9月上旬、そして全国のマツダ販売店ではすでに予約受付の扉が開いています。
1989年、初代NA型がこの世に生まれて以来、ライトウェイトスポーツカーという一つのジャンルそのものを背負い続けてきたロードスター。現行の4代目(ND型)は2015年の登場からすでに11年目を迎えました。クルマの世界では「モデル末期」と呼ばれてもおかしくない年齢です。普通であれば、販売の現場からは「そろそろ次のモデルチェンジはいつですか」という声が聞こえてくる頃合いでしょう。ところが、このクルマに限ってその常識はまったく通用しません。むしろ年を重ねるごとに、輝きを増しているというのが、現場で見てきた正直な実感です。
この記事では、自動車業界に45年身を置き、数多くのクルマが生まれては消えていくのを見届けてきた一人の業界関係者として、今回の改良が業界全体に向けて発しているメッセージ、新グレード「PS(ピュアスポーツ)」がなぜこの価格で成立しているのか、新たに搭載された電子制御の正体、そして規制という「壁」をどう「武器」に変えたのか、新色誕生の物語まで、できるだけ噛み砕いてじっくりお話しさせてください。最後まで読んでいただければ、きっと「このタイミングでロードスターに乗っておきたい」という気持ちになっていただけるはずです。
第1章:11年目の逆転劇――なぜND型ロードスターは2025年度に「過去最高売上」を叩き出したのか
クルマというのは、発売から10年を超えれば販売台数は右肩下がりになっていく。これが業界の常識でした。新規顧客は新しいデザインのモデルへと流れ、既存ユーザーも次第に世代交代していく。どれだけ優れたクルマであっても、時間の経過には抗えない――45年もこの世界を見ていれば、何度もそうした光景を目にしてきました。
ところがND型ロードスターは、その常識を真正面からひっくり返してしまいました。2025年度の国内販売台数は1万台を超え、登場から11年目にして自己最高record。これは「枯れたモデルが惰性で売れている」という話では決してありません。むしろ逆で、いまこの瞬間に新しい需要が生まれ続けているという、極めて稀有な現象なのです。
なぜこんなことが起きるのか。背景には、電動化の波が押し寄せる中で「純ガソリン・FR・スポーツカー」という存在そのものが、いわば絶滅危惧種になりつつあるという事情があります。ニュースを見れば、世界中の自動車メーカーが電動化のロードマップを発表し、内燃機関の新規開発を縮小していくという話が次々に飛び込んでくる時代です。そんな中で、「自分の意思でクラッチを踏み、ギアを選び、エンジンの回転を耳で聞きながら走る」という体験ができる新車は、年々その数を減らしています。「マニュアルで自分の手足のようにクルマを操れる、これが最後のチャンスかもしれない」――そんな心理的なタイムリミットが、静かに、しかし確実に市場を動かしているのです。これは決して煽り立てるための表現ではなく、実際に販売の現場やオーナーの方々の声から肌で感じる、リアルな空気感です。
加えて、もう一つ見逃せない要因があります。マツダが毎年のように手を入れ続け、「今買うクルマが、常に最新で最良」という安心感を作り上げてきたことです。多くのメーカーであれば、フルモデルチェンジまでの数年間は大きな変更を加えず、いわば「次のモデルが出るまでのつなぎ」として現行モデルを売り続けます。しかしロードスターは違います。毎年、あるいは数年に一度のペースで、走りや装備、カラーリングに着実な進化を積み重ねてきました。その結果、「今買うと型遅れになるかもしれない」という不安をユーザーに抱かせることなく、常に「いま乗るのが一番いい」と思わせる稀有なポジションを築き上げてきたのです。
そしてもう一つ、資産価値という観点も無視できません。中古車市場での残価率(リセールバリュー)が驚くほど高く、数年乗って手放す際にも大きな下落を被りにくい。つまり「資産としての出口がしっかり見えている」ということです。これは特に、初めてスポーツカーの購入を検討する若い世代にとって、心理的なハードルを大きく下げる材料になります。「もし合わなかったら売ればいい」という安心感があるからこそ、思い切って一歩を踏み出せる。一方で、かつて青春時代にロードスターに憧れていたシニアのリターン層にとっても、「資産として持っていても損をしにくい」という安心感は、購入の決断を後押しする大きな理由になっています。若い世代からリターン組のシニア層まで、世代を超えて幅広い人たちの背中を押している。これが、11年目にして過去最高売上という奇跡の正体だと、私は見ています。
第2章:新グレード「PS(ピュアスポーツ)」徹底解剖――三種の神器とマツダの“調律魂”
今回の改良で、一番の目玉と言えるのが、特別仕様車「PS(ピュアスポーツ)」、車両本体価格366万3,000円の追加です。「MAZDA SPIRIT RACING」で磨き上げた知見をそのまま注ぎ込んだ、いわばワークスチューンの市販版と言ってよいモデルです。
まず注目すべきは、その装備内容です。RAYS社製16インチアルミホイール(ブラック塗装)、Brembo社製ベンチレーテッドディスク&対向4ピストンキャリパー(シルバー塗装)、そして専用チューニングが施されたビルシュタイン社製ダンパー。この三つを、私はあえて「三種の神器」と呼びたいと思います。なぜなら、この組み合わせをもしアフターマーケットで個別に揃えようとすれば、パーツ代だけでなく取り付けの工賃まで含めて、ざっと70万〜90万円ほどの出費を覚悟しなければならないからです。しかも、後から社外パーツを組み込んだ場合、メーカーの新車保証が適用外になってしまうリスクも背負うことになります。せっかく愛車に手を入れたのに、肝心な保証が利かなくなってしまう――これは長年クルマを見てきた者として、何度も歯がゆい思いをしてきた瞬間です。
それを今回のPSは、新車保証付きで、しかも実現してきました。さらにグレーのガラス製リアウインドー付きソフトトップや、ブラックを基調にシルバーの加飾を施した専用インテリアまで奢ってこの価格に抑えてきた。これは「破格」という言葉がしっくりくる、相当な企業努力だと感じます。本来であれば上級グレード以上の価値を持つ装備を、特別仕様車という形で手の届く価格帯に落とし込んでくる。これこそ、長年このブランドを見てきた人間として、マツダという会社の懐の深さを感じる部分です。
足回りの調律も、実に巧みです。ベースとなっているのは上級グレード「RS」のビルシュタインダンパーですが、そこからさらにバネレートをぐっと高め、その分ショックアブソーバーの減衰力を意図的に抑えるという、独特のアプローチが取られています。これはメーカー純正だからこそ実現できる、いわば「匙加減」の世界です。一般的に、バネレートを上げれば乗り心地は硬くなり、減衰力を上げればコーナリング時の安定感は増すものの、路面からの入力をいなす能力は犠牲になります。ところが今回の足回りは、コーナリング中のロール(車体の傾き)はしっかり物理的に抑え込みながら、路面の細かな段差はふわりと優しくいなしていく。硬さとしなやかさ、本来なら矛盾するはずのこの二つを、驚くほど高い次元で同居させているのです。実際に走らせてみれば、まるでアメンボが水面をスイスイと滑るような軽快さと、コーナーでビタッと路面に張り付くような安心感を、同時に味わうことができるはずです。
第3章:掌で転がす歓び――MT車に宿った3つの新しい電子制御
新型のMT車には、人間の感覚にクルマの挙動をどこまでも近づけるための、3つの新しい電子制御が投入されました。電子制御と聞くと「クルマが勝手に賢く制御してしまい、ドライバーの操作する楽しみが奪われるのではないか」という不安を抱く方も多いかもしれません。しかし、今回投入された制御は、ドライバーの感覚を「補佐」するものであり、「代行」するものではありません。その違いを、一つひとつ丁寧に見ていきましょう。
加速応答改善制御
電子制御スロットルというのは、構造上どうしても、アクセルペダルの動きとエンジン側の反応の間に、わずかなタイムラグが生まれてしまいます。普段の街乗りであれば気づかないようなごく僅かな遅れですが、コーナーの立ち上がりやシフトアップの瞬間など、ドライバーが「今だ」と感じた一瞬の差は、走りの質感に大きく影響します。今回の制御は、アクセルを踏み込んだその瞬間に、燃料噴射と点火時期を即座に最適化することで、このタイムラグを解消。足裏の感覚とぴたりとシンクロした、鋭い立ち上がりを実現しました。アクセルを踏んだ「意思」と、クルマが実際に加速する「現実」との間にあったわずかなズレが消える。これは数値で語るよりも、実際にペダルを踏んだ瞬間の感覚として、体で理解できるはずの進化です。
ヒール&トゥアシスト制御
ヒール&トゥとは、シフトダウンの際にブレーキとアクセルを同時に操作し、エンジン回転数とギアの回転数を合わせることで、滑らかな減速を実現するドライビング技術です。本来は熟練したドライバーが足の使い分けで実現する高度な技ですが、今回の制御は、シフトダウンの際のクラッチ操作とシフトレバーの動きをECUが検知し、自動でスロットルを煽って回転数を同期させてくれます。ここで大事なのは、これが過剰なお節介ではなく、あくまでショックを穏やかに吸収して、ドライバーをブレーキングそのものに集中させてくれる、いわば黒子のような制御であるという点です。主役はあくまでドライバーであり、電子制御はその背後でひっそりと支える存在に徹している。この距離感の取り方こそが、マツダらしい「人馬一体」の哲学だと感じます。
レブリミット制御
エンジンの回転数がレッドゾーンに到達した瞬間、多くのクルマは唐突に燃料カットをかけ、ドライバーに「もう限界だ」と突き放すように知らせます。せっかく気持ちよく回転を上げていったところで、いきなり失速させられるあの感覚を、苦々しく思ったことのあるドライバーも多いはずです。今回の制御は、その瞬間に点火時期を緻密に間引くことで、加速Gを限界までキープ。限界域でもパワーがスムーズに頭打ちになっていく、実にレーシーな仕立てに変わりました。これにより、レブリミットに向かう瞬間まで、ドライバーは安心してアクセルを踏み込み続けることができます。
この3つの制御に共通しているのは、いずれも「クルマがドライバーの代わりに判断する」のではなく、「ドライバーが本来感じたいはずの感覚を、電子の力でクリアに引き出す」という方向性です。長年この業界を見てきた身として、電子制御の進化が必ずしもドライビングプレジャーを奪うわけではない、という好example として、これほど分かりやすいものはないと思います。
第4章:誕生秘話――新色「ジンクグリーンメタリック」が切り拓くロードスターの新たな表情
クルマの色というのは、見た目の印象を左右するだけでなく、そのモデルが「誰に向けて作られているか」を静かに語るメッセージでもあります。今回新たに採用された「ジンクグリーンメタリック」は、まさにそうした意味を持つカラーだと感じています。
ロードスター史に残るグリーンといえば、初代Vスペシャルの「ネオグリーン」が思い浮かびます。あれは英国調のクラシカルな路線で、往年のブリティッシュスポーツカーへのオマージュを感じさせる、ノスタルジックな色合いでした。しかし今回の新色「ジンクグリーンメタリック」が掲げるのは、まったく違う「モダンシャープネス」という世界観です。マツダの象徴的なデザイン言語である「魂動デザイン」が採用されて以降では、初めてとなるグリーン系のカラーだという点も、このカラーが持つ意味の重さを物語っています。
この色のデザインを手がけたのは、デザイナーの瀬能海翔氏。氏がインスピレーションを得たのは、なんと航空機や船舶に使われる防錆下地塗料「ジンククロメートプライマー」だといいます。クルマの色というのは、たいてい自然や宝石、あるいは過去の名車から着想を得ることが多いものですが、今回は工業製品の機能美からヒントを得るという、実に異色のアプローチです。機能美の象徴とも言えるあのイエローグリーンをベースに、隠し味としてごく微量の「ブルーマイカ」を配合。直射日光の下ではメタリックが鮮やかに輝き、影に入るとクールな青みを帯びたグリーンへと表情を変える。一枚岩のようでありながら、見る角度や光によって二つの顔を見せる――そんな二面性をまとった一色なのです。
一見すると、ソリッドカラーのような落ち着いた佇まいに見えるのですが、実際にはしっかりとメタリックの輝きを持ち、ロードスターの彫刻的なボディラインを際立たせる効果も持ち合わせています。無骨さと洗練が、同じ一つの色の中で共存している。このアースカラーは、近年のアウトドアやストリートのトレンドとも自然に重なり合い、若い世代や女性ユーザーのライフスタイルを、ぐっとセンス良く彩ってくれるはずです。タフでありながらどこか都会的、自然の中に置いても街中に置いても絵になる。そんな絶妙なバランス感覚を持った色だと感じます。なお、本色の生産開始は2026年10月を予定しており、今回のPSをはじめ全グレードに設定される予定です。発売直後にすぐ目にする機会はまだ少し先になりますが、その分、街中で見かけたときの新鮮な驚きは、きっと大きいはずです。
第5章:規制を“牙”から“翼”へ変えた逆転の発想――車外騒音規制(フェーズ3)との死闘
2026年以降、内燃機関を積むクルマにとって、まさに死活問題となるのが「車外騒音規制(フェーズ3)」です。世界的に環境規制が強化される中、自動車が走行中に発する音量についても、年々厳しい基準が設けられるようになっています。この規制をクリアできなければ、純ガソリンエンジンのスポーツカーは、たとえどれだけ優れた走行性能を持っていても、新車として販売することすらできなくなってしまう。これはエンジンサウンドそのものを愛する者にとって、非常に重く、避けようのない現実です。
マツダはこれに対し、「静音タイヤの採用」と「メインサイレンサーの大型化」という、いわば物理的な力でまず正面から立ち向かいました。しかしこの二つの対策には、副作用が伴います。静音タイヤは路面からの情報をドライバーの手に伝える能力が落ちやすく、サイレンサーの大型化は重量増を招きます。いずれも、軽快さと路面とのダイレクトな対話こそが命であるスポーツカーにとっては、看過できない代償です。せっかく規制をクリアしても、走りの楽しさが損なわれてしまっては、ロードスターである意味が薄れてしまう。多くのメーカーであれば、ここで「規制対応のために、ある程度の走行性能の犠牲は仕方ない」と割り切ってしまうかもしれません。
しかしマツダが踏み込んだのは、その先でした。EPS(電動パワーステアリング)の制御マップを全面的にリチューニングすることで、静音タイヤゆえに生じる初期応答のわずかな遅れを、ミリ秒単位で補正。本来であればタイヤを通じてドライバーの掌に伝わるはずだった路面の情報を、電気的な制御によって、丁寧に再現してみせたのです。タイヤという「ハードウェア」の変更によって失われたものを、ステアリングという別の経路から「ソフトウェア」的に取り戻す。この発想の転換には、長年技術の現場を見てきた者として、率直に感心させられます。
さらに、排気音そのものを静音化した代わりに、ソフトトップの全グレードに「インダクションサウンドエンハンサー」を標準装備しました。これは専用のレゾネーター(共鳴器)によって余計な雑音をふるい落とし、耳に心地よい澄んだスポーツサウンドだけを車内へと引き込む仕組みです。つまり、クルマの「外」では規制に則って静かに、しかしクルマの「内側」、ドライバーが座るその場所では、エンジンの息づかいをこれまで以上にエモーショナルに感じられるようにした。「車外は静かに、車内はエモーショナルに」――この発想の転換には、同じ業界に身を置く者として、深い敬意を覚えます。規制というのは、本来であれば「できないこと」を増やしていくものです。しかしマツダは、それを逆手に取り、「車内体験をより磨き上げる」という新しいアイデアの出発点に変えてしまった。これこそ、規制時代を生き抜くスポーツカー作りの一つの理想形だと、私は感じています。
第6章:結論――電動化前夜の今こそ、「最高の純粋(ピュア)」を手にするべき理由
ここまで、新グレード「PS」の価値、新たな電子制御の正体、新色誕生の物語、そして規制との向き合い方について、できるだけ丁寧にお話ししてきました。最後に、改めてこの2026年モデルが持つ意味を整理しておきたいと思います。
2026年モデルは、単なる延命措置ではありません。厳しくなる一方の規制をくぐり抜けながら、走りの質感そのものを一段押し上げてきた、まさに「至高の熟成モデル」です。多くのクルマが、規制対応とドライビングプレジャーの両立に苦しみ、結果としてどこか牙を抜かれたような仕上がりになってしまう時代の中で、ロードスターは正面から両者を高い次元で結び付けてみせました。これは、決して簡単なことではありません。
重量1トン前後の軽い車体、自然吸気の4気筒エンジンを6速MTで自在に操り、ルーフを開け放って風を浴びながら走る。エンジンの回転、タイヤの摩擦、風の音、すべてがドライバーの五感に直接届いてくる、そんな素朴で純粋な運転体験。これほどの贅沢が、いまも新車で、しかも手の届く価格帯で手に入るということ自体が、すでに稀有なことだと思います。今後、電動化がさらに進んでいけば、こうした体験のできるクルマは、間違いなくその数を減らしていくでしょう。だからこそ、「いつかは」ではなく「今」という選択に、十分な理由があるのです。
「いつかはロードスターに」と思い続けてきたなら、もう迷う必要はありません。35年以上の歴史の中で磨かれてきた「人馬一体」が、最も濃密な形で結晶した最新のND型です。ぜひお近くの販売店で実車に触れ、ステアリングを握り、シフトノブを掌で転がしてみてください。そしてその感覚が、あなたの予想以上に心を動かすものであったなら、あなたのガレージにこのクルマを迎える準備を、そろそろ始めてみてはいかがでしょうか

