はじめに:異常事態が「日常」になった自動車業界
ディーラーで働く私たちは、日々お客様からこんな声を聞きます。
「新型RAV4、発売3日で受注停止って本気ですか?」 「納期2年待ちって、その間に車検が来るんですけど…」 「マイナーチェンジしただけなのに、なんで1年以上待たされるの?」
ごもっともです。数年前まで、新型車が発表されれば数ヶ月で納車されるのが当たり前でした。人気車種でも半年待てば手に入った。それが今や、発売前から受注が殺到し、発売日から数日で受注一時停止。納期は1年、2年と伸び続け、中には3年待ちという信じがたい状況まで生まれています。
しかも、これは一部の人気車種だけの話ではありません。ミニバン、SUV、軽自動車、コンパクトカー、さらにはマイナーチェンジモデルに至るまで、ほぼ全てのカテゴリーで同じ現象が起きているのです。
業界関係者として、私はこの状況に強い危機感を抱いています。なぜなら、この異常事態の背後には、単なる「半導体不足」や「コロナの影響」では片付けられない、自動車業界の構造的な問題が横たわっているからです。
今回は、現場で日々この混乱に直面している一人のディーラー勤務者として、この「新型車即受注停止・長期納期問題」の本当の原因と、業界が抱える深刻な課題について、包み隠さずお話ししたいと思います。

第一章:「数年前」と「今」―何が変わったのか
かつての納車スケジュール
5年前、新型車の納車プロセスはこうでした。
新型車発表→予約受付開始→発売日→2〜3ヶ月後に納車開始→人気車種でも半年あれば納車完了
確かに人気車種では納期遅れが発生することもありました。しかし、それは「プリウス」や「アルファード」といった一部の超人気車に限られており、しかも遅れは数ヶ月程度。お客様も「人気車だから仕方ない」と納得できる範囲でした。
現在の異常な流れ
ところが現在はどうでしょうか。
新型車発表(発売1〜2ヶ月前)→先行予約殺到→発売日前に既に数千台超の受注→発売日から数日で受注一時停止→工場の生産計画が追いつかず、納期は1年以上に→数ヶ月後に受注再開するも、すぐに再停止→納期はさらに伸びて2年超え
この流れ、どう見ても異常です。しかも、これが特定の人気車種だけでなく、ほぼ全ての新型車・改良車で発生しているのです。
現場で起きている混乱
私たち営業マンは、日々お客様への説明に追われています。
「申し訳ございません。現在メーカーからの生産枠が確保できておらず、ご契約いただいても納期が確定しない状況です」
「車検が切れる前に納車されるかは、正直わかりません…」
「受注が再開されるかどうかも、メーカー次第で私たちにもわかりません」
こんな説明で、お客様が納得されるはずがありません。営業マンとして、商談の席でこれほど無力感を感じることはありません。
第二章:表向きの理由と「真の原因」
メーカーやメディアが語る「建前」
多くのメーカーやメディアは、この状況について以下のような説明をしています。
- 半導体不足による生産制約
- コロナ禍によるサプライチェーンの混乱
- 想定を上回る受注による生産計画の見直し
- 部品供給の遅延
確かに、これらは間違いではありません。しかし、これらは「表層的な理由」に過ぎず、本質的な問題の一部でしかないのです。
真の原因①:サプライチェーンの構造的脆弱性
現在の混乱の最大の原因は、自動車業界が長年追求してきた「ジャストインタイム(JIT)生産方式」の限界が露呈したことです。
JITは、在庫を極限まで持たず、必要な部品を必要なタイミングで調達することでコストを削減する手法です。平時には効率的ですが、予期せぬ事態には極めて脆弱です。
コロナ禍、地政学リスクの高まり、自然災害の頻発といった「予期せぬ事態」が常態化した今、このシステムはもはや機能不全に陥っています。特定の部品工場が一つ止まるだけで、世界中の生産ラインが停止する―こんな脆いシステムで、安定供給など不可能なのです。
真の原因②:半導体の「高度化」問題
「半導体不足は解消されつつある」とよく言われますが、これは事実の一面に過ぎません。
確かに、汎用的な半導体の供給は改善しています。しかし、現代の自動車が求めているのは、従来の半導体とは次元の異なる「高性能半導体」です。
- EV用パワー半導体(SiC、GaN)
- 自動運転向け高性能プロセッサ
- 車載ネットワーク用マイコン
- 先進運転支援システム(ADAS)用センサー類
これらの製造には高度な技術と長いリードタイム(6ヶ月〜1年以上)が必要で、簡単に増産できません。新型車ほど、こうした高性能半導体を大量に使うため、生産の足かせとなっているのです。
真の原因③:メーカーの生産戦略の転換
ここからが、あまり表に出ない「不都合な真実」です。
過去の半導体不足で痛い目を見たメーカーは、現在、意図的に受注を絞る戦略を取っています。「生産できないものを受注しない」という防衛策です。
さらに問題なのは、限られた生産リソースを「高採算車種」に集中させていることです。
例えば、同じRAV4でも、利益率の高いハイブリッド上級グレードには半導体を優先的に割り当て、利益率の低いエントリーグレードやガソリン車は後回し、あるいは廃止。これが「ガソリン車を廃止してハイブリッドに一本化」という戦略の裏側です。
環境対応という大義名分の陰で、実は「儲かる車しか作らない」という選別が行われているのです。
真の原因④:需要の「新型車集中」構造
お客様側の心理も、この状況を悪化させています。
「どうせ1年待つなら、旧型より新型がいい」 「納期が長いなら、最新技術が詰まった改良モデルを待とう」
この心理は当然です。しかし、これが新型車・改良モデルへの需要集中を生み、受注停止と長納期をさらに加速させる悪循環となっています。
第三章:現場で見える「売り手も買い手も損をする」構造
お客様が被る不利益
まず、お客様が直面する問題は深刻です。
1. ライフプランの狂い
「子供が生まれるからミニバンが欲しい」→納期2年 「転勤で車が必要」→納期1年半 「車検が切れる」→納車は間に合わない
人生の節目で必要な車が、タイミングよく手に入らない。これは単なる不便では済まされません。
2. 代替手段のコスト負担
納車を待つ間、レンタカーやカーシェア、あるいは古い車の延命(車検更新、修理費用)に余計な出費が発生します。
3. 購入意欲の喪失
「2年も待つなら、もういいや」と購入を諦める方も少なくありません。特に若い世代では、この「待たされ体験」が「車離れ」を加速させています。
ディーラー営業マンの苦悩
私たちディーラーの営業マンも、大きな不利益を被っています。
1. 販売機会の喪失
受注停止期間中は、どんなに商談を重ねても契約に至りません。営業成績は上がらず、収入に直結します。
2. クレーム対応の激増
「なぜこんなに遅れるのか」「いつ納車されるのか」「メーカーは何をしているのか」
お客様の怒りは、私たちディーラーに向けられます。しかし、私たちも被害者です。メーカーから正確な情報が降りてこない中、説明のしようがないのです。
3. 信頼関係の崩壊
長年お付き合いのあるお客様から、「もう他社にする」と言われる瞬間ほど辛いものはありません。これは営業マン個人の問題ではなく、業界全体の信頼を失う事態です。
ディーラー経営の危機
ディーラー企業も、深刻な経営問題に直面しています。
1. 売上の激減
新車が売れなければ、ディーラーの主要収益源が断たれます。中古車販売や整備でカバーしようにも限界があります。
2. 人材の流出
「頑張っても車が売れない」「お客様に怒られるばかり」こんな環境で、優秀な営業マンがモチベーションを保てるはずがありません。人材流出が加速しています。
3. 展示車・試乗車の確保困難
新車が生産されないため、展示車や試乗車さえ確保できません。お客様に実車を見せられない、試乗してもらえない状態で、どうやって販売するのでしょうか。
第四章:業務負担の異常な増加―手間と時間だけが増える現場
納期確認業務の泥沼
以前は、お客様への納期連絡は契約時に一度、納車1ヶ月前に一度、合計2〜3回程度でした。
ところが現在は、納期が不透明なため、毎週のようにメーカーに確認し、お客様にご連絡する必要があります。しかも、「まだ未定です」という回答ばかり。
契約から納車まで2年かかるとすれば、この作業を100回近く繰り返すことになります。一件あたり30分かかるとして、50件抱えていれば…計算するのも恐ろしい時間です。
政府の税制変更への対応地獄
さらに現場を疲弊させているのが、頻繁に変わる自動車税制への対応です。
エコカー減税の変更
年度ごとに対象車種や減税率が変わり、その都度お客様への説明資料を作り直し、契約内容を見直す必要があります。
CEV補助金の混乱
EV・PHEVの補助金は、年度によって金額が変わり、予算枠も限られています。
「今契約すれば補助金が出ます」→納車が2年後→その頃には補助金制度が変わっている可能性
こんな不確実性の中で、お客様に正確な情報を提供するのは至難の業です。
消費税率変更リスク
納期が長期化すればするほど、その間に税制が変わるリスクが高まります。契約時の価格と納車時の価格が変わる可能性があり、その説明と対応に膨大な時間を取られます。
契約後のフォロー業務の肥大化
納期が長期化すると、契約後のフォロー業務が異常に増えます。
- お客様のライフステージの変化(転勤、結婚、出産)への対応
- 代車の長期貸出とそのメンテナンス
- キャンセル対応(長すぎて待てなくなったお客様)
- 仕様変更の相談(その間にマイナーチェンジが入るケースも)
これらすべてが、本来は発生しないはずの「無駄な業務」です。
メーカーとのやり取りの非効率性
さらに深刻なのが、メーカーとのコミュニケーションの非効率性です。
- 生産計画が直前まで確定しない
- 割当台数が突然変更される
- グレードやボディカラーによって納期が全く違う
- 問い合わせても「わからない」「未定」の回答ばかり
正確な情報がないまま、お客様対応を強いられる。これほどストレスフルな状況はありません。
第五章:この状況、誰が得をしているのか?心の声
冷静に考えてみてください。この状況で、誰が得をしているのでしょうか。
**お客様は損をしています。**待たされ、不便を強いられ、余計なコストを負担しています。
**ディーラーは損をしています。**販売機会を失い、業務負担は増え、信頼を失っています。
**営業マンは損をしています。**売上が上がらず、クレーム対応に追われ、疲弊しています。
**メーカーは?**一見、受注が多いので良さそうですが、実は違います。
- 生産できないのに受注だけ積み上がり、管理コストが増大
- 顧客満足度の低下によるブランド価値の毀損
- キャンセルの増加による実売台数の減少
- 長期的な顧客離れのリスク
つまり、誰も得をしていないのです。
にもかかわらず、この状況が放置されている。これこそが、自動車業界の構造的問題の本質です。
メーカー/業界関係者/ユーザーの心の声
ユーザーの意見
納期の遅延と不要な機能追加、価格高騰に対する怒りの声
ユーザー名: 東京都・S.K. 様(40代・会社員) 対象車種: トヨタ ランドクルーザー300(ZXグレード)
「怒りしかありません。新型ランクル300を予約開始直後に注文し、当初の納期は1年半と言われていましたが、気づけば2年半に延長。待たされた挙句、さらに納得がいかないのは、納期遅延の間にメーカー側が勝手に仕様を変更し、必要ともしない装備が強制的に追加され、販売価格が一方的に80万円も上がったことです。私の利用目的は年に数回のキャンプ程度で、最新の電子制御サスなど不要です。ただ単に利益を増やすための抱き合わせ販売としか思えません。ディーラーの担当者は『このご時世なので』の一点張り。楽しみにしていた車ですが、待った時間と増えた価格分の価値を感じられず、一気に購入意欲が冷めました。顧客を馬鹿にしているとしか思えません。」
納期が早い他社車種への乗り換えを決断した声
ユーザー名: 大阪府・T.A. 様(30代・自営業) 対象車種: 日産 エクストレイル(G e-4ORCE)→ 乗り換え先: ホンダ ZR-V(e:HEV Z)
「夫婦で乗っていた車が車検を迎えるタイミングで、新型エクストレイルのe-4ORCEを契約しました。デザインも技術も魅力的でしたが、契約直後から『半導体不足の影響で納期は未定』となり、具体的な納車時期が全く見えなくなってしまったんです。車検を延長し続けて待つのは精神的に限界でした。仕事でも車を使うため、いつまでも待てる状況ではありません。そこで、デザインは異なりますが、比較的納期が安定していたホンダのZR-Vの最上級グレードに急遽変更しました。納期が約3ヶ月と明確だったことが決め手です。結果的に、エクストレイルの先進性への期待は諦めましたが、待機期間のストレスから解放され、早く新しい車に乗り換えられたことに満足しています。今は**『待つストレス』がないことこそが、最も重要な車の性能**だと感じています。」
故障による緊急乗り換えで中古車を選択した声
ユーザー名: 福岡県・M.N. 様(50代・主婦) 対象車種: 乗り換え前:輸入コンパクトSUV → 乗り換え先: トヨタ ハリアー(中古車)
「長年愛用していた輸入車のSUVが、走行中に突然大きな異音と共に動かなくなってしまいました。修理費用が新車価格の半分近くかかると言われ、泣く泣く乗り換えを決意。ところが、どのディーラーに行っても『人気車種は納期が最低1年、長ければ2年待ち』という状況で絶望しました。子供の送迎や毎日の買い物で車がないと生活が成り立ちません。新車へのこだわりはありましたが、納期の切迫感に勝るものはなく、最終的に程度の良い現行型ハリアーの低走行中古車を探してもらいました。新車よりも価格は高くなりましたが、即納可能という一点で迷いはありませんでした。新車の納期遅延問題は、私たちのように**『急な乗り換えが必要な層』を中古車市場に押し上げている**と痛感しています。」
ディーラー、販社の意見
営業スタッフの声:クレーム対応と値引き処理の苦悩
部署: 営業部門(ディーラー営業スタッフ) 氏名: 佐藤 健太
「一番つらいのは、お客様の顔を見ることです。契約時は『半年で納車できます』と笑顔で言えたのに、結局1年半待ち。その間にメーカーから一方的に値上げが通知され、その分をお客様に請求しなければならない。しかし、長らくお待たせしている手前、『はい、値上げ分を払ってください』とは言えません。結局、値上げ分を相殺する形で値引きを計上するしかない。これはお客様から見れば『値引き』かもしれませんが、私たち営業から見れば**『納期遅延と値上げ分の責任をディーラーが被っている』感覚です。値引き枠を使い果たしてしまったので、本来お客様に喜んでいただけるはずだったオプションサービスの無償提供や、下取り車の査定アップなどで誠意を示すこともできなくなりました。契約時よりも総額は上がっていないのに、お客様も私も『嫌な取引だった』という印象しか残らない。何より心配なのは、今後の車検や点検といったアフターサービスで、この嫌な感情を引きずってご来店されなくなるのではないか**ということです。信頼関係が崩れることが、長期的なディーラー経営にとって一番の打撃になります。」
業務課の声:納期確保と機種変更調整による業務量増大
部署: 業務部門(仕入れ・車両手配担当) 氏名: 田中 美咲
「私たちの業務量は、この納期遅延と値上げ問題で完全にパンクしています。営業からのプレッシャーは『何とかして納期を早めてくれ』の一点。そのために、まず全国の他系列ディーラーの在庫状況を非正規ルートも含めて問い合わせる作業が発生します。しかし、在庫があるのはお客様が選んでいないグレードやカラーばかり。次に、お客様が待てなくなった場合を想定し、**『今ならすぐに手に入る代替機種』**のリストアップと、その機種に変更した場合の補助金や納期、仕様変更点をまとめる作業が常態化しました。お客様が納得できる機種変更の提案ができなければ、契約が流れてしまいます。また、受注生産ではなく、納期を早めるために『見込み発注』を増やさざるを得ない状況になり、在庫車のリスクも増加しました。本来やるべき登録業務や保険管理などのコア業務に加え、突発的な納期調整と機種変更のシミュレーションに追われ、残業時間は増える一方です。」
営業推進課の声:事務処理と制度変更対応のストレス
部署: 営業推進部門(マスター管理・経理担当) 氏名: 小林 裕介
「私たち事務方は、今回の値上げと仕様変更の嵐で疲弊しています。まず、年次改良や仕様変更が繰り返されるたびに、システム内の車両型式や本体価格、メーカーオプションのマスターデータを頻繁にメンテナンスしなければなりません。特に納期遅延の間に型式が切り替わったり、車両本体価格が二度、三度と変わると、システムエラーや注文書作成時のミスが増大します。また、値上げが伴うお客様への契約書変更、追加のローン審査、値引き処理のための稟議書の作成など、余分な事務手数料が目に見えて増えているのも事実です。そして、最もストレスなのが、環境性能割の『2年間停止』のような突発的な新税制への理解と、それがシステム上で正しく反映されるかの確認作業です。営業現場に迷惑をかけないよう、複雑な制度変更の内容をかみ砕いて指導資料を作成するのも私たちの仕事です。現場のクレーム対応は営業ですが、その裏側の事務処理の増加と、システム変更のストレスは計り知れません。」
メーカー側の意見
生産部門の声:世界情勢と環境規制対応の板挟み
部署: 生産部門(生産計画・環境技術担当) 氏名: 山本 浩二
「生産現場は今、世界情勢による供給網の不安定さと、国策レベルの環境規制対応という二重苦に苛まれています。半導体不足が解消に向かっても、ウクライナ情勢や資源国の政情不安で特定の素材や部品の輸入が突然ストップする。そのたびに生産計画はゼロベースで見直しです。しかも、我々には**『2030年、2035年までに電動化率を何%にする』**という、国や経営層から課せられた明確な目標があります。目の前の生産調整で手一杯なのに、次世代EVやFCVのための新しいライン設計や、サプライヤーへの技術指導も同時に進めなければなりません。目の前の納期遅延クレームも痛いほど理解できますが、我々が今、環境性能や将来の技術革新への投資を緩めれば、数年後には国際競争から脱落してしまうという危機感があります。お客様には申し訳ないが、今は『目の前の生産』と『未来への投資』を同時に進めるしかなく、その板挟みで現場は疲弊しきっています。」
ロードマン(販社サポート)の声:クレーム処理と板挟みの日常
部署: 営業統括部門(販社サポート担当/ロードマン) 氏名: 鈴木 雅人
「私たちの仕事は、メーカーと各ディーラー販売会社(販社)の間に入り、現場の問題を解決することです。今一番多い苦情は、やはり**『値上げ分の補填』に関するものです。販社からは『お客様を待たせている上に値上げを要求するのは無理。メーカーとして値引き原資を上乗せできないのか』と強く迫られます。しかし、メーカー側としては資材高騰を吸収しきれず値上げしているわけですから、簡単に補填はできません。その結果、板挟み状態です。お客様の怒りを直接受け止めるのは販社ですが、メーカーが現場の疲弊を理解せず、値上げを押し付けているという不満を直接ぶつけられます。私たちは現場とメーカーをつなぐ人間ですが、この問題ではどちらの意見も正しく、どちらの味方もできない。販社に出向くたびに、『メーカーの誠意を見せろ』**という罵声に近い要求に晒され、精神的に疲弊しています。問題の根本解決ではなく、ひたすら『謝罪と説得』に時間を費やす毎日です。」
お客様相談室の声:感情的なクレームへの迅速な対応とストレス
部署: お客様相談室(オペレーター) 氏名: 山田 恵美
「お客様相談室にかかってくる電話のほとんどが、納期遅延と値上げ、そしてディーラー対応への不満に関するものです。電話の向こうのお客様は、何年も待たされた上に、一方的な値上げや、ディーラーの曖昧な説明に怒りや諦めを感じていらっしゃいます。私たちオペレーターは、その**『理不尽な感情』をリアルに、最初に引き受ける立場です。特に、『担当営業が電話に出ない』『値上げについて納得のいく説明がない』といったディーラー対応に関するクレームは深刻です。私たちはメーカーの立場で謝罪しつつも、具体的な納期や価格の決定権はないため、販社への事実確認と迅速な対応を強く要請するしかありません。しかし、販社の対応も遅れがちで、お客様を二重に待たせてしまうこともあります。日々、お客様の怒りの感情に真摯に向き合いながらも、迅速かつ納得のいく解決策を提供できないジレンマ**に悪戦苦闘を強いられています。精神的な負担は非常に大きいですが、『このお客様の声をメーカーに届けなければ』という責任感で何とか踏みとどまっている状態です。」
第六章:業界はどう変わるべきか―現場からの提言
メーカーに求めること
1. サプライチェーンのレジリエンス強化
複数のサプライヤーからの部品調達、国内生産の回帰、在庫の適正保有。効率性だけでなく、安定性を重視した供給網の再構築が必要です。
2. 受注・生産システムの透明化
お客様とディーラーに対し、正確な生産計画と納期情報を迅速に提供するシステムの構築。「わからない」「未定」では、信頼は回復しません。
3. 現実的な生産計画
「作れないものは受注しない」のは理解できます。しかし、それならば発売前にしっかりと生産体制を整えるべきです。見切り発車で発売し、受注停止を繰り返すのは、無責任です。
4. 全ての顧客層への配慮
高採算車種に生産を集中させる戦略は、短期的には理にかなっているかもしれません。しかし、エントリーグレードを求める若い世代や、価格を重視する層を切り捨てれば、長期的には市場全体が縮小します。
ディーラーができること
私たちディーラーも、変わらなければなりません。
1. お客様への誠実な情報提供
不確実性があっても、わかっていることとわかっていないことを正直に伝える。過度な期待を持たせず、現実的な選択肢を提示する。
2. サブスクリプション・リースの提案
長期納期に対応するため、短期リースやサブスクリプションサービスを充実させ、「待つ間の代替手段」を提供する。
3. 中古車市場の活性化
新車が手に入らないなら、質の高い中古車を提供する。認定中古車の拡充や、保証の充実で、新車に劣らない安心を提供する。
4. アフターサービスの強化
新車販売が難しい今こそ、既存のお客様へのメンテナンス・整備サービスを強化し、長く安心して乗り続けられる体制を整える。
政府に求めること
政府の役割も重要です。
1. 税制の安定化
頻繁に変わる自動車税制は、業界と消費者の両方に混乱をもたらします。中長期的に安定した税制を構築し、予見可能性を高めるべきです。
税制の変更に於いては早期に情報を提供(資料提供)をお願いしたい。現場(一般ユーザー)に解り易い資料提供
2. 半導体・部品産業への支援
自動車産業は日本経済の柱です。その基盤となる半導体・部品産業への戦略的投資を強化し、安定供給体制を構築する必要があります。
AIに於ける高性能なチップの高騰が起きており、更に納期の遅れや価格への転嫁が現実味を帯びてきています。早期の課題として取り組んでいただきたい。この件に関しては追って特集を組みたいと考えております。
3. EVインフラの整備
補助金をばらまくだけでなく、充電インフラの整備、電力供給の安定化など、EV普及の基盤整備にもっと予算を振り向けるべきです。
お客様にお願いしたいこと
最後に、お客様にもご理解いただきたいことがあります。
1. 余裕を持った購入計画
現状では、車が必要になる1〜2年前から動き始めることをお勧めします。「急に必要になった」では、間に合いません。
2. 柔軟な選択肢の検討
第一希望の新型車が手に入らない場合、在庫がある旧型モデル、中古車、他社の同等車種なども検討していただけると、選択肢が広がります。
3. 営業マンへの理解
私たち営業マンも、この状況の被害者です。怒りをぶつけられても、私たちにできることは限られています。一緒に最善の解決策を探すパートナーとして、接していただけると幸いです。
第七章:今後の展望―業界は復活できるのか
短期的見通し(1〜2年)
残念ながら、短期的にこの状況が劇的に改善する可能性は低いと言わざるを得ません。
半導体の増産体制が整うまで、地政学リスクが低減するまで、サプライチェーンが再構築されるまでには、あと数年かかります。
その間、「新型車=長納期」という状況は続くでしょう。
中期的見通し(3〜5年)
3〜5年のスパンでは、状況改善の兆しが見え始めるはずです。
- 半導体工場の新設・増設(TSMCの熊本工場など)
- サプライチェーンの多様化と国内回帰の進展
- 車載ソフトウェア(SDV)による半導体使用効率の改善
- 生産体制の再構築
これらの取り組みが実を結び始めれば、納期は徐々に短縮されていくでしょう。
長期的展望(5年以上)
長期的には、自動車産業そのものの構造が変わる可能性があります。
受注生産モデルへの移行
見込み生産から完全受注生産へ。お客様の注文を受けてから作る「Build to Order」モデルが主流になる可能性があります。
サブスクリプションモデルの普及
「車を所有する」から「車を利用する」へ。サブスクリプションやシェアリングが主流になれば、「納期」という概念自体が変わります。
デジタル化の進展
オンラインでの商談、バーチャル試乗、AR/VRでの車両確認など、デジタル技術を活用した新しい販売スタイルが確立されるでしょう。
おわりに:業界の未来のために
現在の自動車業界は、大きな転換点に立っています。
コロナ禍、半導体不足、地政学リスク、そしてEVへの移行という複合的な危機が、長年積み上げてきた効率性重視のシステムの脆さを露呈させました。
しかし、ピンチはチャンスでもあります。
この危機を契機に、メーカー、ディーラー、政府、そしてお客様が一体となって、新しい自動車産業のあり方を模索すべき時が来ています。
効率性だけでなく、レジリエンス(回復力)と持続可能性を兼ね備えた産業構造。 短期的な利益だけでなく、長期的な顧客満足を重視する経営。 お客様、営業マン、ディーラー、メーカー、すべてが幸せになれる仕組み。
それを実現するには、まだ時間がかかるでしょう。しかし、現場の一人ひとりが声を上げ、問題を共有し、解決策を模索し続けることが重要です。
私たちディーラーの営業マンは、お客様と業界をつなぐ最前線にいます。だからこそ、この現状を正直にお伝えし、一緒に最善の道を探していきたい。
「車を待つ」だけの時代は、必ず終わります。 その日まで、私たちは諦めずに、お客様に寄り添い続けます。
最後までお読みいただき、ありがとうございました。 この記事が、少しでも現在の自動車業界の実情をご理解いただく一助となれば幸いです。
【ディーラーからのお願い】 この記事を読んで、「今の自動車業界はおかしい」と感じた方は、ぜひ周りの方にもシェアしてください。声を上げることが、業界を変える第一歩です。


