メディアが狂喜乱舞する「三菱・反転攻勢」の違和感
第1章 三菱・反転攻勢の違和感——メディアの陶酔と、現場が知る冷徹な現実

2026年6月18日。三菱自動車工業の第57回定時株主総会の報道を見て、私は奇妙な違和感を覚えずにはいられませんでした。「パジェロ復活」「ランエボ帰還」という見出しが大手メディアを埋め尽くし、経営陣の発表に大手ジャーナリストたちが狂喜乱舞している光景を目にしたからです。
かつての栄光を象徴する2つのネームプレートが復活する——それは、確かに車好きならば誰もが心躍る話題です。私自身、ディーラーの現場で45年を過ごしてきた身として、ランサーエボリューションという伝説のマシンや、パジェロという本格派SUVの復活は、感情的な部分では大歓迎です。しかし、ここからが重要なのです。
感情と現実は別物です。
経営陣が誇らしげに語る戦略の裏側を、私がディーラーの検査員として、サービス工場のフロントマンとして目撃してきた現場の姿を、皆さんにお伝えする責任があります。45年間、汗をかきながら車と向き合ってきた業界人だからこそ、見える景色があります。その景色は、メディアが流す爽やかなニュース映像とは、全く異なるものなのです。
決算書が語る、本当の三菱の立ち位置
2026年3月期決算——三菱自動車は「増収減益」という現実に直面しています。売上高は確かに前年比で増加しています。しかし、営業利益、純利益といった本質的な収益性の指標は、軒並み悪化しているのです。
これは何を意味するのか。事業規模は大きくなっているが、利益を生み出す力は落ちている。つまり、より多くの労力とコストを投じて、より少ない利益しか獲得できていないという、経営学的には最も悲しい状況なのです。
その背景にあるのは、原材料費の高騰です。鉄、アルミニウム、レアアース、そして何よりも、電子制御ユニットやバッテリーなどの高度な部品の価格上昇は、自動車メーカーの経営を圧迫し続けています。さらに、世界的な電動化シフトへの対応に要する開発コストは、従来の内燃機関車の時代とは比較にならないほどの額に膨れ上がっています。
電動化への研究開発費は、数年では回収できません。それは長期にわたって企業体力を消耗させる「見えない出血」なのです。ディーラーの現場で営業職や検査員と日々接していると、この苦しみが痛いほど伝わってきます。営業スタッフの表情が、年々こわばっているのです。
アライアンスの影——日産・ホンダの足踏みが三菱の足も引っ張っている
そこへさらに、深刻な問題が加わります。三菱自動車は日産・ホンダとのアライアンスの中に組み込まれており、プラットフォーム開発やエンジン・トランスミッション開発を共有しているのです。
しかし、日産は経営危機に直面しています。ホンダも営業利益の大幅な減少に悩んでいます。この両社が経営的に苦しい局面にあるとき、それは必然的に三菱にも波及するのです。技術開発の優先順位が変わり、資金配分が変わり、共有プラットフォームの更新周期が遅れます。
ディーラーの現場にいると、この「アライアンスの綻び」がはっきり見えるようになります。新型車の発表が予定より遅れたり、部品の供給が逼迫したり、サービス工場で使う特殊工具の納期が延びたり——こういった細かな違和感の積み重ねが、実は経営陣も気づいていない深刻な問題へと成長していくのです。
メディア報道と現場の温度差——華やかな発表の向こう側
株主総会での発表内容は確かに前向きです。キャッチ―なネームプレート、懐かしさと新しさが同居したコンセプト、日本の自動車史に刻まれた伝説の復活——これらは、メディアにとって「売りやすい」ストーリーです。大手紙も週刊誌も、テレビ局も、これらのニュースを大きく扱い、経営陣のビジョンを描写します。
しかし、ディーラーの検査員やサービス工場のフロントマンとして現場にいる身からすると、この盛り上がり方には、どうしても違和感が拭えません。なぜなら、私たちは、「華やかな発表」の後ろで、「現場がどういう地獄を見るのか」を、これまで何度も経験してきたからです。
経営陣が株主総会で大風呂敷を広げるたびに、現場の営業スタッフは厳しいノルマに苦しめられます。サービス工場のメカニックは、予期せぬ対応に追われます。検査員は、マンパワーの不足の中で、品質管理の綱渡りを強いられます。
その現実を知らずに、メディアの陶酔ぶりを眺めていると、「この報道は、現場で働く人たちへの責任を、本当に果たしているのだろうか」という疑問が湧いてくるのです。
第2章 都市型ショールームというテロ行為——現場のサービス工場を襲う地獄の到来

ここで、もう一つの重大な問題に触れなければなりません。三菱自動車が戦略的に進めている、「整備工場を持たない都市型店舗」の展開です。
横浜・関内店に象徴される、経営陣のスマートな錯覚
横浜市の関内地区に開設された、この新型ショールーム。建築面積を見つめ、その清潔で現代的な空間を目にすると、経営陣の戦略的な判断が分かります。駅前の一等地に莫大な投資をするのではなく、ショールーム機能に特化し、初期投資を抑え、都市の若い世代にアプローチする——経営視点からは、確かに「スマート」に見えます。
経営陣の会議室では、こんな会話が交わされたのでしょう。「初期投資を抑えられる。整備工場の建設費、重機械の購入費がいらない。光熱費も削減できる。販売スタッフのための施設で十分だ。点検や修理は、既存の工場ネットワークでカバーしよう。バッチグー!」と。
確かに、数字の上では「効率的」です。しかし、この戦略の代償は、すべて「既存のサービス工場」という現場に、爆発的に降り注いでくるのです。それは、メディアも報じない、経営陣の会議室でも議論されない、ただただ現場の人間が黙々と引き受ける「無言の負荷」なのです。
複雑怪奇な現代三菱車がもたらす、工場の白熱化
ここで、三菱の現在のラインアップを思い起こしてください。
アウトランダーPHEV——プラグインハイブリッドという、複雑極まりない動力源。高電圧ハイブリッドシステム、充電回路、そして三菱が誇るS-AWC(スーパーAWC)という、前後左右の車輪に独立したモーターを制御する四輪駆動システムが組み込まれています。この車が都市型ショールームで売却されると、その後の点検、修理、そして不具合対応は、すべて既存のサービス工場へ送られます。高電圧システムの診断、バッテリー管理ユニットのトラブルシューティング、S-AWCの複雑な制御ロジックの修正——これらは、ただの「軽い点検」ではなく、専門的なトレーニングを受けた人間による、長時間の作業を要するのです。
トライトン——三菱のピックアップトラック。1トンを超える重量を持つシャシー、ディーゼルエンジンの重厚感、オフロード対応のサスペンションと足回り。この車が整備工場に入ってくると、どうなるか。まず、ディーラーの既存工場の2柱リフト(車体を空中で支える簡易型の昇降機)の重量制限に引っかかります。重い車体は、より頑強なリフトを必要とします。しかし、古い工場では、そのような設備がないのです。
さらに、トライトンの車幅は約1.8メートルと、軽自動車とは比較にならないほど広いものです。ディーラーのサービス工場内で作業できるベイ(作業スペース)の広さに制限があれば、数台のトライトンが同時入場することはできません。隣に軽自動車を止めていた時代のレイアウトは、完全に破綻するのです。
新型パジェロ——本格派4WD車として、ラダーフレーム構造を採用し、ロックシステムを備えた本気の SUV。この車の点検項目は、都市型軽ユーザー向けの整備ルーチンとは比較にならないほど複雑です。デフロック機構のチェック、トランスファーケースのメンテナンス、サスペンションのジオメトリー測定——これらは、単なる「オイル交換」や「ブレーキパッド交換」ではなく、専門的な知識と、特殊な測定機器が必要な作業ばかりなのです。
既存工場のパンク状態——検査員の悲鳴
ディーラーの検査員として、私は何度も、こういう場面を目撃してきました。
朝の朝礼。営業スタッフが、昨日売却した新型パジェロの引き渡し予定日が入ったことを報告します。「明日、お客さんがPHEV版のアウトランダーの点検で来ます」という予定も追加されます。工場長は、限られた人数のメカニックをどう配置するか、頭を抱えます。
すでに、軽自動車の定期点検、リコール作業、保証修理で工場は満杯です。OBD検査(一定の排出ガステストを行う検査)のためのスペースも確保しなければなりません。そこへ新たに、複雑な電動化システムの診断が必要な車が入ってくるのです。
検査員は、これらの優先順位を付けながら、品質管理という責任を引き受けなければなりません。品質を落とすわけにはいきません。しかし、人手は足りません。その矛盾の中で、毎日、検査員は疲弊していくのです。
OBD検査とエーミング作業——「特定整備」という新しい地獄
さらに、ここ数年、自動車整備の世界に「特定整備」という概念が導入されました。これは、コンピュータを使用した診断・調整が必要な特定の整備作業に対して、国が「認定整備工場」としての許認可を求めるものです。
その最たる例が、「エーミング作業」です。先進運転支援システム(ADAS)のカメラやセンサーは、車体の修理や部品交換の後、必ず「再調整」が必要です。カメラの角度、センンサーの感度、それぞれの機器の相対的な位置ズレが、わずか数ミリメートルでも、システムの誤動作につながりかねません。その再調整を行うのが「エーミング」です。
新型パジェロやアウトランダーPHEVは、これらの先進装備を多数搭載しています。つまり、事故修理や改造が入るたびに、エーミング作業が必須なのです。しかし、既存のディーラーのサービス工場の中には、このエーミングに対応するためのスペース、機材、認定を得ていない工場がたくさんあります。
都市型ショールームで売却された車が、その後、近隣のサービス工場に入ってくると、「実はエーミング対応ができていない」という状況が発生します。その場合、さらに別の工場へ送られます。対応工場がなければ、メーカーの指定工場へ送られます。お客さんの満足度は低下し、コスト負担は増加し、現場は混乱します。
人員不足という、もう一つの死刑宣告
そして、最後にして最大の問題が、若手メカニック(整備士)の壊滅的な不足です。
ディーラーの現場では、この問題が、もはや「深刻」という段階を超えて、「末期的」というほかない状態になっています。40年前、私がこの業界に入った頃、整備士は、車好きな若者の確かな職業選択肢でした。手に職をつけられる、給与も悪くない、何より、自分の手で車を蘇らせる喜びがある——そういう仕事として、認識されていました。
しかし、今はどうか。給与水準は、同年代の他の産業と比較して下がり続けています。労働環境は改善されず、新型車の複雑さは増す一方です。高度な診断機器の操作を学ばなければならず、電子制御の知識も必要です。それでいて、賃金は据え置きのままという、極めて「割に合わない」職場になってしまったのです。
結果として、若手が集まりません。既存の整備士たちは、疲弊し、数年で業界を去ります。ディーラーの現場は、年配のベテラン整備士に頼り切る状況になり、その彼らも、体力の限界と、疲労困憊の中で働き続けている。
そこへ、新型パジェロ、アウトランダーPHEV、トライトンといった、複雑で高度な知識を要する車が、大量に流入してくるのです。
汗をかく現場と、冷房の効いたショールームの、深まる溝
ディーラーの現場とは、いったいどういう場所か。
朝、まだ暗い時間に、メカニックたちは工場に到着します。季節によっては、寒冷地では零下の気温の中で、作業を開始します。真夏は、工場の熱気で、気温は40度を超えることもあります。手には、油汚れが付き、腰には激痛を抱えながら、彼らは黙々と作業します。
その同じ企業の、ショールームはどうか。ガラスの大きな開口部から光が差し込み、空調は完璧に管理されています。営業スタッフは、清潔で上質なユニフォームを着ており、顧客の前で笑顔を絶やしません。彼らは、確かに「販売」という成果に対して評価されます。
しかし、サービス工場の検査員やメカニックが、どんなに優れた仕事をしても、その評価は、システムの中で埋没します。リコール対応で、限られた部品を使い切って、無理矢理対応した工夫も、「期待値を満たした」と評価されるだけです。
この「格差」が、現場のモラルを蝕むのです。
同じ三菱自動車という企業に属しながら、汗をかき、油まみれになり、複雑な診断と修理に必死で対応する人間と、清潔で快適な環境で、数字を達成するために営業活動をする人間。その待遇の差、評価の差、職場環境の差が、深まれば深まるほど、現場の士気は沈んでいくのです。
都市型ショールームという経営戦略は、「効率的」かもしれません。しかし、その代償として、既存のサービス工場を、その後ろで支えている人間たちの心を、静かに、しかし確実に破壊していくのです。これは、もはや単なる「経営判断」ではなく、「組織としての道義」に関わる問題なのです。
第3章 「年販18万台」という大風呂敷——現場を襲うノルマの蟻地獄

三菱自動車の経営陣は、株主総会で、一つの数字を発表しました。「2030年度までに、国内販売台数を年間18万台まで引き上げる」というビジョンです。
現在の三菱の国内販売台数は、どの程度か。おおよそ、年間12万台程度です。つまり、わずか4年の間に、販売台数を1.5倍に増やそうというのです。これは、言葉では「成長戦略」と聞こえが良いかもしれませんが、現場の営業スタッフにとっては、「死刑宣告」に等しいのです。
日産・ホンダの赤字に包まれた中での、異常な楽観主義
ここで、大局を見つめることが重要です。
日産自動車は、経営危機の真っ最中です。営業利益は大幅なマイナスに転じ、構造改革が急務の状況です。ホンダも、営業利益が前年比で大きく減少し、経営方針の抜本的な見直しを迫られています。
こういう状況の中で、アライアンスを組む三菱だけが、「18万台」という大きな数字を掲げるというのは、冷徹に見ると、「当事者意識の欠落」とも言えます。
日産とホンダは、グローバルなマーケット環境の悪化、電動化シフトへの対応の遅れ、そして経営陣の判断ミスが重なって、厳しい局面にあります。その中で、共有プラットフォームや部品供給を頼る三菱が、楽観的に「1.5倍の販売」を掲げるというのは、下流産業に依存しながら、上流産業の苦境に目を向けていない、ということでもあります。
ekクロスという薄利多売地獄
三菱の販売台数の中でも、極めて大きな比率を占めるのが、「ekクロス」という軽自動車です。この車は、確かに人気がありますし、毎月、ディーラーの店頭でも多く動きます。
しかし、軽自動車というカテゴリーは、市場の中で「最も競争が激しい」領域です。ダイハツ、スズキ、ホンダなど、大手メーカーが次々と新型を投入し、価格競争も激化しています。消費者は、わずかな価格差で、メーカーを選び替えます。
その結果として、ekクロスを販売する営業スタッフは、極めて薄い利益幅の中で、売上を追い求めなければならなくなります。一台あたりの利益が低いので、より多くの台数を売らなければならない。それが、「薄利多売」という悪循環です。
ディーラーの営業スタッフの給与体系は、基本給とボーナスで構成されていますが、ボーナスの大部分は、「販売台数」や「販売額」に連動した成果給です。つまり、営業スタッフは、給与を増やすために、より多くの車を売る必要があります。
しかし、市場には限りがあります。自動車は、日用消費財ではなく、「大きな買い物」です。一人の顧客が、一年に複数台の車を購入することはありません。つまり、販売台数を増やすということは、「新規顧客の掘り起こし」か、「競争相手の顧客を奪取する」のいずれかです。
新規顧客の掘り起こしは、限られています。となれば、競争相手の顧客を奪う必要があります。それは、時に「強引な営業」につながります。
ディーラーの営業スタッフが、「なんでもいいから、とにかく売るんだ」という圧力を感じ始めると、営業活動はより攻撃的になります。そして、その圧力は、営業スタッフの心を蝕むのです。
トライトンとパジェロの強引な押し込み
2030年度18万台という大風呂敷を実現するためには、ekクロスだけでは足りません。より高い単価の車、すなわち利益が大きい車を売る必要があります。
その対象が、「トライトン」と「新型パジェロ」です。
ディーラーの営業スタッフは、経営陣から、暗黙の(あるいは明示的な)圧力を受けます。「今月の営業目標」「四半期の販売目標」というノルマが設定され、それを達成することが、給与やボーナスに直結します。
すると、営業スタッフは、「軽自動車では足りない。高単価の SUV を売る必要がある」と気づきます。しかし、市場の需要は、そこまで高くないのです。ユーザーの購買意欲よりも、メーカーの販売目標の方が高いという、歪んだ関係が生まれます。
結果として、営業スタッフは、「本当に必要としていないお客さんに、無理矢理、トライトンやパジェロを勧める」という局面に直面することになります。
ディーラーの営業の現場では、こういう会話が交わされるようになります。「このお客さんは、本当はekクロスで十分だと思うんですけど、ノルマがあるので、パジェロの方をお勧めしてみます」。営業スタッフは、顧客の真の利益ではなく、自分の売上目標を優先させることになります。
これは、営業スタッフの「心の骨折」と呼ぶべき状態です。自分の仕事が、「顧客の利益に貢献する」という本来の意義から、「ノルマを達成する」という数字遊びに変わってしまった。その違和感と苦痛が、毎日、営業スタッフの心に突き刺さるのです。
数字の空中戦から、血の通ったロードマップへ
経営陣が、「2030年度18万台」というビジョンを掲げるとき、それは「机上の数字」として存在します。会議室で、Excel シートの数式を変え、グラフを書き直し、「達成可能な数字です」と報告する。それで終わりです。
しかし、その数字を現実化するために、現場で働く営業スタッフは、毎日、顧客と向き合い、時には自分の良心と折り合いをつけながら、売上を追い求めなければなりません。
ディーラーの営業現場では、実は「数字の空中戦」が繰り広げられているのです。経営陣は「売上目標」を掲げ、営業スタッフは「どうやってそれを達成するか」を考え、顧客には「何を買うべきか」という情報が提供される。その過程で、「本当に何が必要か」という、血の通った判断が、どんどん失われていくのです。
18万台という目標は、それ自体が「間違っている」わけではないかもしれません。企業として成長することは、重要です。しかし、その成長が、「どういう価値観に基づいているのか」「現場の人間たちの苦労を、本当に理解した上での数字なのか」「顧客の真の利益を、その過程で損なわないのか」——こういう問いに、経営陣が向き合う必要があるのです。
ディーラーの検査員として、また営業をサポートする立場として、45年間現場にいた私が感じるのは、「三菱には、血の通ったロードマップが必要だ」ということです。単なる「売上目標」ではなく、「どのような顧客に、どのような価値を提供し、その過程で現場で働く人間たちが、やりがいを感じられるのか」という、より深い戦略が必要なのです。
第4章 「ランエボ」という甘い劇薬——エンジニアの魂のジレンマ

2026年6月、三菱自動車の新しい社長・岸浦磨人氏は、株主総会で、一つのストーリーを語りました。
「私は学生時代、ランサーエボリューション、その名前も頭に浮かべながら、スキー場へ向かったことがあります。その時の興奮、その時の思い出は、今でも心に残っています。ランエボは、単なる自動車ではなく、多くの若者の青春の相棒でした。その伝説を再び、現代に蘇らせたい。ランエボは、三菱の宝です。」
この発言は、ファン層にとって、極めて心地よいものです。大手メディアも、この「感動的なストーリー」を大きく報じました。企業のトップが、個人の思い出と感情を交えながら、ブランドの価値を語る——それは、確かに「人間らしい」ものに映ります。
しかし、私は、ここに、一つの危険な甘さを感じずにはいられません。
ブランドノスタルジアと、現実の乖離
ランサーエボリューションとは、いかなる自動車か。
1990年代から2000年代初頭にかけて、三菱が生み出した、極めて「尖った」スポーツセダンです。高度なターボ技術、複雑な4WDシステム、ラリー競技での成功に基づいた設計思想——これらが組み合わさって、独特の魅力を放っていました。
その魅力とは、「万人向けではない」ということです。ランエボを好きになる人間は、メーカー側からすると「限定的」です。スポーツ走行を好む人、ラリーファンの人、車のメカニズムに興味がある人。その層は、確かに熱烈なファンであり、ブランドロイヤルティは高いのですが、市場規模としては「小さい」のです。
逆に言えば、ランエボが「尖っていた」からこそ、その復活は、強いメッセージになるのです。「三菱は、万能性よりも、特異性を大事にする」「万人受けよりも、本気のファンを大事にする」というメッセージです。
しかし、ここで経営陣が忘れがちなのは、「ランエボを新規開発するためには、莫大なコストが必要だ」ということです。新型車の開発には、通常、数百億円の投資が必要です。その投資を回収するためには、ある程度の販売台数が必須です。しかし、「尖った」ランエボは、市場が限定的であるため、その販売台数は期待できません。
つまり、ランエボのプロジェクトを立ち上げるということは、「短期的には、利益を生まない投資」を行うということなのです。日産やホンダが経営危機に直面している中で、アライアンス企業の三菱が、そのような「採算の見込みづらい」プロジェクトを進めるというのは、ある意味、「賭け」なのです。
S-AWCとラリーマインドのジレンマ
三菱自動車には、独自の技術がある。その最たるものが、**S-AWC(Super All-Wheel Control)**という四輪駆動システムです。
このシステムは、前後左右の車輪に対して、独立したトルク制御を行い、極めて高精度な車両制御を実現するものです。これは、ラリー競技での成功経験に基づいており、三菱のエンジニアが、血と汗を流して開発した技術です。
ランサーエボリューションは、このS-AWC技術の「結晶」でした。ラリーの最高峰であるWRC(ワールド・ラリー・チャンピオンシップ)で、ランエボは数多くのタイトルを獲得しました。その成功は、単なる「競技での勝利」ではなく、「三菱というメーカーのDNA」として、組織全体に刻み込まれたのです。
ラリーマインドとは、つまり、「勝つために、最適解を追求する」という姿勢です。競技では、ドライバーとコドライバーが、最高の走行ラインを求めて、コースを何度も走ります。設定を細かく調整し、タイヤを選別し、サスペンションセッティングを変更する。その過程で、車と人間が一体化していく。その緊張感が、ラリーマインドなのです。
しかし、今、三菱自動車のエンジニアたちは、一つの大きな矛盾に直面しています。
日産、ホンダとのアライアンスが進み、プラットフォーム開発が共有化されています。新型車の開発では、共有プラットフォームをベースに、その上に三菱固有のシステムを乗せるという方式が採用されています。
つまり、エンジニアは、「全く自由に、三菱固有の技術を活かす」ことができなくなっているのです。共有プラットフォームの制約の中で、S-AWCのような、特異な四輪駆動システムをどう組み込むか。トランスミッションは、共有品を使うのか、それとも三菱独自の仕様を要求するのか。そういう葛藤の中で、開発が進められているのです。
エンジニアの誇りと、経営判断の衝突
ディーラーの現場で働きながら、私は、三菱のエンジニアたちと接する機会があります。新型車のサービス内容についての説明会、整備の手順についての研修、トラブルシューティングのセミナー——そういう場面で、エンジニアたちと言葉を交わすのです。
その中で感じるのは、彼らの「複雑な感情」です。
一方では、「ランエボが復活する」というニュースに、純粋に喜んでいます。「自分たちが誇りを持つ技術が、再び世の中に出る」という喜びです。それは、エンジニアとしての最高の瞬間です。
しかし、他方では、「本当にこのプロジェクトは、成功するのか」「自分たちの独自技術が、アライアンスの制約の中で、本当に花開くのか」という不安も見え隠れしています。
彼らは、おそらく、こう考えているのでしょう。「アライアンスに参加することで、共有プラットフォームのメリットは得られた。しかし、その代償として、三菱固有の『尖った』技術を、全力投下することが難しくなった。その中で、ランエボを再び開発するというのは、本当に成功するのだろうか」と。
これは、エンジニアの「魂のジレンマ」です。自分たちが確信する技術と、経営層が進める戦略が、必ずしも一致していない。その葛藤の中で、彼らは、日々、開発という仕事に取り組んでいるのです。
甘い劇薬が、後に現場に重い現実をもたらす可能性
岸浦新社長が語った「ランエボへの想い」は、確かに「甘い劇薬」です。それは、社内のエンジニアのモチベーションを高め、ファン層の期待を集め、メディアの好意的な報道を獲得します。
しかし、その甘さの後ろに、極めて現実的で、冷徹な開発の現場が隠れているのです。
仮に、ランエボの新型が、発表予定より遅れたとしましょう。あるいは、当初予定の「尖った」仕様が、コスト圧縮や共有プラットフォームの制約により、後退させられることになったとしましょう。その時、メディアや顧客からの失望と批判は、極めて厳しいものになるでしょう。なぜなら、「復活」という甘い期待が、事前に高く設定されているからです。
その失望とストレスは、開発を担当したエンジニアたちに、最も重く降りかかります。彼らが、既に感じている「アライアンスの制約」「経営判断との乖離」といった苦悩が、さらに深刻化するのです。
つまり、「甘い劇薬」は、短期的には気持ちよいかもしれませんが、長期的には、組織全体に負の遺産をもたらす可能性があるのです。
岸浦新社長へのメッセージ
岸浦新社長は、恐らく、善意から、「ランエボへの想い」を語ったのでしょう。企業のトップが、個人的な思い出とブランドの価値を結びつけ、組織を鼓舞する——それは、確かに「リーダーシップ」の一つの形です。
しかし、ディーラーの現場に45年いた身として、あえて申し上げるとすれば、「甘い言葉の後ろには、必ず現実の重みがある」ということです。
ランエボを復活させるなら、それは、「ファンのための車」であるべきです。市場シェアを拡大し、販売台数を伸ばすための「ツール」ではなく、「三菱というメーカーが、本気で追求した技術とマインドの結晶」であるべきです。
その覚悟が、経営層の中にあるのなら、ランエボの復活は、エンジニアたちの誇りを満たし、ファンの期待を実現するものになるでしょう。
しかし、その覚悟がなく、単なる「販売目標のための手段」として扱うなら、その矛盾は、必ず、現場で働く人間たちの心に、深い傷を残すことになるのです。
第5章 【提言】本当に信頼すべき「新生・三菱」の選び方

ここまで、三菱自動車が直面する課題、経営戦略の綻び、そして現場で働く人間たちの苦労を、できるだけ客観的に、そして正直に、お伝えしてきました。
しかし、ここで重要なのは、「では、三菱の車は買うべきではないのか」という単純な結論に陥らないことです。
むしろ、この章の真意は、逆です。三菱自動車の、まさに「尖った」商品ラインアップと、その背景にある技術とマインドを理解した上で、賢明に、そして責任を持って、三菱の車を選ぶために、何を見るべきかという提言なのです。
三菱の商品群が「万人向けではない」ことの本当の意味
三菱自動車のラインアップを眺めると、その特異性が浮き立ちます。
パジェロ——
本格派4WD。ラダーフレーム、ロックシステム、オフロード走行への真摯な対応。これは、軽SUVやクロスオーバーSUVとは異なる「別の設計思想」に基づいています。
デリカ——
ミニバンという枠を超えた、「キャンプカー的な使用方法」を想定した商用・乗用車のハイブリッド。一般的な家族層の「買い替え」の対象というより、「冒険心のある人たちの相棒」としての位置付けです。
トライトン——
ピックアップトラック。北米やアジアの発展途上国では定番ですが、日本では「ニッチな選択肢」です。農業従事者や建設業者など、特定の職業の人たちにとって、不可欠の存在です。
アウトランダー——
クロスオーバーSUVという、今どきのカテゴリーに属していますが、PHEVというエレクトロニクス集約型の電動化システムを搭載しています。
ランサーエボリューション——
言うまでもなく、スポーツセダンの中でも「最も尖った」部類の車。
これらの車は、すべて、「万人向け」ではありません。むしろ、「特定の用途、特定の価値観、特定のライフスタイルを持つ人たちのための車」なのです。
その「万人向けではない」という特性が、実は、三菱の最大の強みなのです。なぜなら、企業として「勝ち組」になるためには、「誰もが買いたい車」を作るのではなく、「このユーザーのために、この車を作った」という強い想いが必要だからです。その想いが、技術に、デザインに、整備ノウハウに、そして営業スタッフのプロ意識に、宿るのです。
ショールームの「きれいさ」に騙されてはいけない
ディーラーの営業現場で、私が何度も目撃してきた光景があります。
新しく開設された、都市型ショールームを初めて訪れた顧客は、その「きれいさ」に感動します。広々とした展示スペース、現代的なデザインの空間、最新型の展示車——その環境は、確かに「気持ちよい」ものです。
しかし、その「気持ちよさ」は、あくまで「販売の現場」としての快適さであり、「その車を、その後、どう支えるのか」という現場の実力を示すものではありません。
むしろ、見るべきは、反対側です。
サービス工場を見よ——そこに、企業の本当の姿がある
三菱の車を購入するとき、本当に見るべきは、ショールームではなく、そのディーラーに併設されたサービス工場の広さ、そこで働く人間の顔です。
サービス工場を訪れると、その企業の本当の姿が見えます。
工場の床は、きれいに整備されているか。機械や工具は、整理整頓されているか。働いているメカニックたちの顔は、生き生きしているか、それとも疲弊しているか。検査員は、細心の注意で、車を点検しているか。
これらは、「企業のトップが語ったビジョン」よりも、はるかに「現場の実力」を表しています。
なぜなら、新型パジェロやアウトランダーPHEVといった、複雑で高度な技術を持つ車を、適切にメンテナンスするためには、高い技術水準を持つメカニックと、充分なスペースを備えた工場が必須だからです。
ディーラーを選ぶときは、こう考えてください。「この工場に、私の車を預けて、安心できるか」と。その判断基準は、「ショールームのデザイン」ではなく、「工場の実力」にあるべきなのです。
地元のプロの目で選ぶ
さらに、重要なポイントがあります。それは、「地元のプロの意見を参考にする」ということです。
ディーラーの営業スタッフや、整備業界で働く人間は、その地域における「車に関するプロ」です。彼らは、その地域のディーラーがどの程度の実力を持っているか、サービス工場がどの程度のレベルにあるか、メカニックの質はどうか、といったことを、つぶさに知っています。
顧客が、「三菱の車を買おうかな」と思ったときに、地元のプロに相談するなら、彼らは、「このディーラーなら安心」「ここの工場は、確かな技術を持っている」「ここの検査員は、細かいところまで見てくれる」といった、本当の評価を教えてくれるでしょう。
45年、現場にいた身として、私は確信しています。ディーラーを選ぶときは、地元のプロの目を参考にすべきなのです。
「尖った車」を選ぶなら、その覚悟を持て
三菱の商品群は、「尖った」車ばかりです。
パジェロを選ぶなら、その車が「本格派4WD」であることを、本当に理解し、その機能を活かしたい、あるいは少なくともその機能に対して敬意を払えるという覚悟を持つべきです。
アウトランダーPHEVを選ぶなら、複雑な電動化システムが、「未来への投資」であると同時に、「メンテナンスの手間」にもなりうることを理解すべきです。
ランサーエボリューションを選ぶなら、それは「スポーツカー」であり、「安全性や燃費の最大化」という普通のセダンの価値観ではなく、「走行性能」という異なる価値観を優先させた車であることを、心で理解すべきです。
その「覚悟」を持った顧客が、三菱の車を選ぶとき、初めて、メーカーとユーザーの間に、真の信頼関係が成立するのです。
現場で働く人間たちへの信頼が、企業の本質を測る
最終的に、「新生・三菱を信頼できるか」という判断は、以下の問いに帰着します。
「その企業は、現場で働く人間たちを、本当に大切にしているのか」
ショールームの快適さ、経営陣のビジョン、メディアの報道——これらは、すべて「表面」です。本質は、サービス工場で黙々と作業するメカニック、限られた人数の中で品質管理に全力を尽くす検査員、時には矛盾したノルマを押し付けられながらも顧客と向き合う営業スタッフが、「この企業に貢献することに、やりがいを感じられるか」という一点に集約されるのです。
三菱自動車が、本当に「新生」したのか。その証拠は、経営陣の言葉ではなく、「現場で働く人間たちの笑顔」の中に、あるのです。
エピローグ 「プロフェッショナル」な選択を
45年間、ディーラーの現場で働いてきた身として、この記事の執筆を決めたのは、「警告」のためではなく、「愛情」のためです。
三菱自動車は、確かに課題に直面しています。経営判断の矛盾、現場への負荷の増加、人員不足、そして経営陣の理想と現場の現実の乖離——これらは、すべて、本当に存在する問題です。
しかし、その問題を見つめた上で、なお、私は三菱という企業を、信じたいのです。
なぜなら、三菱の社員たち——特に、サービス工場で働くメカニック、営業の最前線で顧客と向き合うスタッフ、検査員として品質に向き合う人間たちは、確かに「プロフェッショナル」だからです。
彼らは、大変な状況の中でも、顧客の車を最高のクオリティで仕上げようとしています。顧客の「困った」という言葉に、真摯に向き合っています。三菱の技術に誇りを持ち、その技術を顧客に届けたいと考えています。
そういう現場のプロたちが、「尖った」三菱の車を支えている。その事実が、私を前に進ませるのです。
三菱の車を選ぶなら、「ショールームの見た目」ではなく、「その向こう側の現場」を見てください。作業着を着たメカニックの顔を見てください。限られた時間の中で、細心の注意で点検する検査員の姿を見てください。
その時、初めて、「最適」な選択ができるのです。
※本記事は、45年間の自動車業界での経験に基づき、一個人のプロフェッショナルとしての見方を述べたものです。特定の企業や個人への批判ではなく、業界全体に対する「大人のパッション」と「愛の鞭」として、ご理解ください。

