自動車業界に身を置いて46年になります。その間、排出ガス規制への対応、電子制御化の波、ハイブリッド車の登場、先進運転支援システム(ADAS)の普及、そして電動化とソフトウェア化と、「大変革期」と呼ばれる局面を何度も見てきました。それでも、いま業界が直面している変化は、これまでとは質が違うと感じています。
そうした中で開かれたJapan Mobility Show Bizweek 2026では、モビリティとITのトップが同じ壇上に立ち、「日本の真の強みは現場力にある」というメッセージを改めて打ち出しました。
ただ、この「現場力」という言葉は、聞く人によって受け取り方がまるで違います。昔ながらの職人技や改善活動(カイゼン)を思い浮かべる方もいれば、精神論の延長と感じる方もいらっしゃるでしょう。結論から申し上げますと、今回語られた「現場力」は、そのどちらとも違います。
本記事では、Bizweekでの議論の真意を整理したうえで、『ものづくり白書』に示された最新データ、中小企業が抱える人材課題、公的支援策、そして自動車関連企業や中堅・中小製造業の具体的な取り組みまで、業界関係者の視点で掘り下げて解説いたします。
Japan Mobility Show Bizweek 2026で語られた「現場力」の真意
自動車とITのトップが同じ壇上に立った意味
Bizweek 2026の開会日に行われた特別企画「日本の未来社会に向けて」には、日本自動車工業会(自工会)会長の佐藤恒治氏(トヨタ自動車副会長)と、電子情報技術産業協会(JEITA)会長の新野隆氏(NEC会長)が登壇しました。
自動車業界の団体とIT・電子業界の団体のトップが、日本の産業競争力という一つのテーマで議論する。この構図そのものが、業界の現在地を象徴していると私は感じています。かつてクルマは「機械」であり、電子部品はあくまで脇役でした。しかし今では、一台のクルマに搭載されるECU(電子制御ユニット)の数は相当な数にのぼり、ソフトウェアの更新で機能が変わる時代です。自動車とITが別々に語られる時代は、すでに終わっているのです。
「技術で勝ってビジネスで負ける」という長年の課題
対談の中で新野会長は、日本企業は技術そのもので負けているわけではなく、国際的なビジネス展開や社会実装の段階で負けるケースが多いという趣旨の分析を示しました。
これに対して佐藤会長は、自動車産業だけで完結するビジネスは激減しており、セクターを超えた連携でイノベーションを起こすことが欠かせないと強調しています。
この指摘は、現場にいる人間として非常に腑に落ちるものです。
- 良い技術を持っていても、それを使う仕組み(インフラ、制度、データ連携)が整わなければ普及しない
- 自社の中だけで最適化しても、取引先や異業種と情報がつながらなければ全体の効率は上がらない
- 製品の品質で勝っても、サービスやプラットフォームで主導権を握られれば利益は別のところへ流れる
いずれも、ここ数十年の日本の製造業が何度も経験してきたことです。
議論の核心となった「フィジカルAI」と人間の役割
今回、特に注目を集めたのが「フィジカルAI(物理世界を動かすAI)」と人材の役割をめぐる議論です。
AIが得意とする領域
対談では、AIが最も力を発揮する領域として次のようなものが挙げられました。
- 過去の知見やデータの活用(ナレッジ活用)
- 設計の自動化
- 開発の自動化
人間にしか担えない領域
一方で、自動設計・自動開発が当たり前になる未来であっても、次のような役割は人間にしか担えないと整理されています。
- 問いを立てること:何を解決すべきか、そもそもの課題を設定する力
- 意思決定と最終責任:AIが選択肢を示しても、決めて責任を負うのは人間
- 情緒的価値の創出:ものづくりに向き合う熱量や、「楽しい」「嬉しい」といった感情に訴える価値
ソフトウェアの「出口」はフィジカルにある
さらに重要なのは、ソフトウェアが生み出す価値の最終的な出口が、モビリティや工場のロボティクスといった物理領域にあるという指摘です。
日本には、現場に蓄積されたデータの幅・深さ・精度があり、部品同士を微調整して全体を仕上げる「すり合わせ型」の製造ノウハウがあります。共通の「データ基盤・通信基盤・計算基盤」を整備すれば、他国には容易に真似できない競争力になる。これが対談の結論でした。
業界関係者として感じる「現場」の変化
46年間この業界にいて、現場の姿は大きく変わりました。私が駆け出しの頃は、エンジンの不調はキャブレターの調整やポイントの点検など、音や匂い、手の感覚で判断する仕事が中心でした。
その後、電子制御燃料噴射が普及し、故障診断はテスターでダイアグノーシスコード(故障コード)を読む仕事へと変わっていきました。さらに現在では、
- 衝突被害軽減ブレーキなどのカメラ・レーダーを正しく作動させるためのエーミング(校正)作業
- 2020年4月に始まった特定整備制度による、電子制御装置整備の認証の必要性
- 2024年10月から国産車で始まった(輸入車は2025年10月から)OBD検査による、車載式故障診断装置を使った車検時の確認
といったように、整備の現場そのものがデータと電子制御を前提とした仕事になっています。
それでも、スキャンツールが示すデータの「違和感」に気づくのは、結局は経験を積んだ人間です。数値が規定範囲内でも、「この車両のこの症状なら、ここが怪しい」と当たりをつける力。これこそが、データ時代にも生き続ける現場力だと私は考えています。Bizweekで語られた「人間にしか担えない領域」は、まさにこの部分を指しているのだと思います。
「現場力」を分解する――組織能力としての6つの要素
現場力の定義
「現場力」という言葉は便利な反面、曖昧なまま使われがちです。この点について、KnowBreW代表の影山祐介氏は、現場力を次のように定義しています。
目標や制約と現実のずれを捉え、限られた時間や資源の中で関係者を動かし、判断と実行によって成果へ収束させ、得た知見を次の判断に使える形へ戻す組織能力
ポイントは、現場力を個人の技能ではなく「組織能力」として捉えている点です。
現場力を構成する6つの能力
影山氏は、現場力を以下の6つに分類しています。
| No. | 能力 | 中身 |
|---|---|---|
| 1 | 判断基準への落とし込み | 目標・制約・評価基準を具体的な判断基準へ落とす力 |
| 2 | 兆候の把握 | 変化や異常の兆候を捉える力 |
| 3 | 問題の構造化 | 起きていることを言語化し、問題を構造化する力 |
| 4 | 関係者の連携 | 関係者をつなぎ、必要な資源を動かす力 |
| 5 | 実装と収束 | 具体的な対策を実装し、成果へ収束させる力 |
| 6 | 知見の還流 | 得られた知見を設計・標準・設備・業務・意思決定へ戻す力 |
日本の製造業が得意としてきた「4」と「5」
従来の日本の製造業は、「4(関係者をつなぐ力)」と「5(対策を実装し成果へ収束させる力)」が非常に優れていました。仕様や手順に定義されていない「余白」を、現場の柔軟な調整と粘り強い実行力で埋めてきたのです。
私自身、数えきれないほどこの場面に立ち会ってきました。部品の供給が遅れれば関係部署に電話をかけて段取りを組み替え、マニュアルにない不具合が出れば経験者が知恵を出し合って何とか直す。日本の品質を支えてきたのは、間違いなくこの力です。
強みが副作用に変わるとき――弱点となりやすい「3」と「6」
しかし、この強みには副作用があります。現場が頑張って解決してしまうがゆえに、
- 「3(問題の構造化)」:なぜその問題が起きたのかを言語化しないまま終わる
- 「6(知見の還流)」:解決策が設計や標準、システムに反映されず、特定の人の頭の中に残る
という事態が起こりやすくなります。
結果として、同じ問題が別の場所で繰り返され、その都度ベテランが呼ばれる。ベテランが退職すると、そのノウハウごと消えてしまう。現場の頑張りが、かえって構造的な変革を遅らせてしまうのです。
整備の現場に置き換えると
整備の世界でも、まったく同じことが起こります。
- 再現性の低い不具合を、特定のベテランだけが原因を突き止められる
- その診断手順が記録されず、次に同じ症状が出ても若手は一から悩む
- メーカーへのフィードバックが十分でなく、設計改善や技術情報の発行につながらない
逆に、診断の思考プロセスを記録し、事例として共有し、技術情報や点検手順に反映できる組織は、全体の診断精度が着実に上がっていきます。これが「6」の力です。
現代における「現場力の真の意味」
ここまで整理すると、Bizweekで語られた「現場力」の真意が見えてきます。
それは、現場に丸投げする昔ながらのアナログな調整力ではありません。現場の調整力や暗黙知を、データとデジタルで言語化・構造化し、次の問題解決やAI・システムへ還元できる「組織能力としての現場力」へとアップデートすることです。
「現場力1.0」から「現場力2.0(デジタル現場力)」へ
デジタル現場力とは何か
現場力を、現代の市場変化のスピードに対応させるための考え方が「デジタル現場力(現場力2.0)」です。
これは高額なITシステムを導入することではありません。従来のアナログな現場力をデータとデジタルで補強し、仕事の質とスピードを飛躍的に高める能力を指します。
デジタル現場力は、次の3つの力で構成されています。
つなげる力――部分最適から全体最適へ
部門や工程ごとに分断されたデータをつなぎ、企画・開発から生産・物流・アフターサービスまでを一本の情報の流れとして構築する力です。
日本の現場は、自分の工程を磨き上げる「自工程最適」に長けています。しかしそれぞれが最適化されていても、工程間で情報が途切れていれば、全体としては非効率が残ります。
アフターサービスまでつながる意味
ここで「アフターサービス」まで含まれていることに、私は大きな意味を感じます。市場に出たクルマの不具合情報や整備データは、本来、次の設計や品質改善にとって宝の山です。販売後の現場で得られる情報が、開発・生産側へスムーズに戻る仕組みがあれば、品質の向上スピードは格段に上がります。
見せる力――意思決定そのものを設計する
データを可視化するだけでは不十分です。グラフやダッシュボードを作っても、それを見た人が何を判断すればよいのか分からなければ意味がありません。
「見せる力」とは、現場が正しく速い判断を下せるように、意思決定のプロセスそのものを設計する力です。
- どの数値がどの範囲を超えたら、誰が何を判断するのか
- 異常を検知したとき、最初に確認すべき項目は何か
- 判断に必要な情報が、必要なタイミングで手元にそろっているか
ここまで設計して初めて、可視化は意思決定の武器になります。
加速する力――KKDからKKD 2.0へ
異常の検知から原因特定、改善の実行までにかかる「時間」を短縮する力です。
日本の現場では昔から「KKD(勘・経験・度胸)」という言葉が使われてきました。半ば揶揄的に使われることもありますが、私はKKDを否定するつもりはありません。ベテランの勘は、膨大な経験から導かれた高度なパターン認識だからです。
問題は、その勘が言語化されず、若手に伝わる手段が限られていることです。
KKD 2.0が目指すもの
「KKD 2.0」とは、従来のKKDをデータで補強する考え方です。
- ベテランが何を見て、どこに違和感を覚え、どう判断したのかをデータとして残す
- 若手がその思考プロセスを高速で追体験・学習できる環境を整える
- 経験年数でしか得られなかった判断力を、データを通じて「疑似的に圧縮」して伝える
私が若い頃は、先輩の背中を見て何年もかけて覚えるのが当たり前でした。しかし今の人手不足の中で、同じやり方を若い世代に求めるのは現実的ではありません。KKD 2.0は、技能伝承のあり方を根本から変える可能性を持っています。
現場力1.0と2.0の比較
| 項目 | 現場力1.0(アナログ) | 現場力2.0(デジタル) |
|---|---|---|
| 問題解決の主体 | 特定のベテラン個人 | 組織全体(データで共有) |
| 情報の流れ | 工程・部門ごとに分断 | 企画からアフターサービスまで一本化 |
| 判断の根拠 | 勘・経験・度胸(KKD) | データで補強したKKD 2.0 |
| 知見の蓄積 | 個人の頭の中 | 標準・設計・システムへ還流 |
| 技能伝承 | 長期間のOJT中心 | データによる追体験で高速化 |
| 弱点 | 属人化・再発・退職による消失 | 導入目的を見失うとツール導入で終わる |
データで見る製造業の人材不足と能力開発の現状
『ものづくり白書』が示す就業者の動向
ものづくり白書は、経済産業省・厚生労働省・文部科学省の3省が共同でまとめる報告書です。『2025年版 ものづくり白書』によると、日本の製造業の就業者数は2023年の1,055万人から2024年には1,046万人へと減少が続いています。
若年就業者の大幅な減少
特に深刻なのが若年層です。
| 年 | 34歳以下の就業者数 | 製造業就業者に占める割合 |
|---|---|---|
| 2002年 | 384万人 | 31.4% |
| 2024年 | 259万人 | 24.8% |
約20年で125万人もの若年就業者が減少したことになります。一方で、65歳以上の高齢就業者の割合は上昇傾向の後、足元では横ばいで推移しています。高齢層で支える構図にも限界が見え始めており、若年層の確保は極めて深刻な課題です。
中小企業の人手不足は「コロナ前」水準に
中小企業の「従業員数過不足DI」(人員が「過剰」と答えた割合から「不足」と答えた割合を引いた指標)を見ると、状況の厳しさがよく分かります。
- 2020年:
コロナ禍直後に一時的に過剰傾向へ転じる - その後:
再び急速に人手不足へ転じる - 2024年:
マイナス18.2と、コロナ前(2019年)と同等の深刻な人手不足水準に到達
自動車整備の分野でも、整備士の担い手不足は長年の課題です。整備士を目指す若者の減少、整備士の高齢化は業界内で繰り返し議論されてきました。ものづくり全体で起きていることは、私たちの身近な現場でも確実に起きています。
企業における能力開発の実施状況
人手不足が深刻になる中、能力開発の機会には雇用形態や企業規模による格差が浮き彫りになっています。
正社員と非正社員の格差
| 対象 | 実施内容 | 実施割合 | 状況 |
|---|---|---|---|
| 正社員 | 計画的OJT | 68.4% | コロナ前の水準を超えて回復 |
| 正社員 | OFF-JT | 76.4% | コロナ前の水準を超えて回復 |
| 正社員以外 | OFF-JT | 24.0% | コロナ前(30.5%)まで回復せず |
OJT(職場での実務を通じた訓練)とOFF-JT(職場を離れて行う研修)のうち、正社員向けは回復した一方、非正社員向けのOFF-JTは取り残されたままです。
企業規模による格差
事業所の規模が大きいほどOFF-JTの実施率は高くなります。
- 従業員1,000人以上:99.0%
- 従業員30〜49人:62.6%
約36ポイントもの差があります。小さな事業所ほど、一人が抜けると業務が回らず、研修に人を出す余裕がないという実情が数字に表れています。
自己啓発への支援
従業員の自己啓発を支援している事業所は80.7%にのぼります。支援内容(複数回答)は次のとおりです。
- 受講料などの金銭的援助:83.7%
- 教育訓練機関・通信教育等に関する情報提供:43.0%
- 就業時間の配慮:35.4%
金銭的な援助は広く行われている一方、「時間」の配慮は3割強にとどまっています。お金は出せても、学ぶ時間を確保できないというのが多くの現場の本音でしょう。
人材育成の現場が抱える悩み
能力開発や人材育成に問題を抱えている事業所は、全体の6割以上にのぼります。その内訳は次のとおりです。
| 人材育成上の問題点・課題 | 割合(複数回答) |
|---|---|
| 指導する人材が不足している | 65.9% |
| 人材を育成しても辞めてしまう | 49.7% |
| 人材育成を行う時間がない | 46.0% |
| 鍛えがいのある人材が集まらない | 32.3% |
| 育成を行うための金銭的余裕がない | 16.5% |
業界関係者として見る「育成の悪循環」
この表を見て、私は「悪循環」という言葉が浮かびました。
- 人手が足りないので、ベテランが実務で手一杯になる
- ベテランに指導する時間がなく、若手が十分に育たない
- 若手は成長を実感できず、将来像も描けず辞めてしまう
- さらに人手が足りなくなり、1に戻る
注目していただきたいのは、「金銭的余裕がない」が16.5%と最も低い点です。つまり、多くの現場の課題はお金ではなく、**「教える人」と「教える時間」**なのです。
だからこそ、前章で述べたKKD 2.0の考え方が効いてきます。ベテランが付きっきりで教えなくても、ベテランの判断プロセスがデータや記録として残っていれば、若手は自分で学び進めることができます。指導者不足と時間不足を同時に和らげる手段として、デジタルの活用には大きな意味があるのです。
製造業におけるDX推進の実態と人材確保の方法
DX導入のきっかけは企業規模で異なる
製造業でデジタル技術の導入が進むきっかけは、企業規模によって明確に異なります。
小規模企業はトップダウン型
従業員50人以下などの小規模企業では、「経営者・役員の発案」が60.1%〜66.0%と圧倒的多数を占めます。経営者の決断が、DX着手の主な原動力になっているわけです。
大規模企業はボトムアップ型も多い
従業員301人以上の大規模企業では、「社内からの要望(経営者・役員以外)」が57.6%で最も高くなっています。現場の課題意識や実務上のニーズからDXが進むケースのほか、グループ企業や取引先からの要請など、多様なきっかけが存在します。
この違いから読み取れること
小規模企業では、経営者がDXに関心を持たない限り、なかなか動き出せないということでもあります。逆に言えば、経営者が腹をくくれば一気に進められるのが小規模企業の強みです。
一方、大規模企業では現場から声が上がる仕組みがあるかどうかが重要です。現場の「こうしたい」を吸い上げられる組織は、DXも自然と前に進みます。
DX導入時の人材確保の方法
労働政策研究・研修機構(JILPT)の調査によると、デジタル技術の導入・活用にあたり、企業は次の方法で人材を確保しています。
| 人材確保の方法 | 割合 |
|---|---|
| 社内人材の活用・育成 | 58.6% |
| 新たな人材確保を行わず既存人材のみで対応 | 26.1% |
| 新たに採用(新卒・中途) | 12.0% |
| ベンダー等への外部委託・外部人材の活用 | 7.6% |
約6割の企業が、既存社員のスキルアップやリスキリングで対応しています。外部からデジタル人材を採用するのは1割強にとどまります。
これは、デジタル人材の採用競争が激しく、特に中小企業では外部から呼び込むのが難しいという現実の表れでもあります。同時に、自社の業務と現場を知り尽くした社員がデジタルを身につけることの価値を、多くの企業が認識しているとも言えます。
「ツール論」から始めるDXの落とし穴
DXで陥りがちな罠は、「どのITシステムを導入するか」という議論から始めてしまうことです。
私もこれまで、新しいシステムや機器が導入されたものの、現場で使いこなされずに終わった例をいくつも見てきました。原因はほぼ共通しています。
- 何を解決したいのかが曖昧なまま導入された
- 現場の業務の流れに合っていなかった
- 使う人の声を聞かずに決められた
- 入力の手間ばかり増え、現場にメリットが返ってこなかった
本来目指すべきは、システムの導入ではなく**「組織能力の獲得」です。そして最初の一歩は、IT投資よりも「人とデータ」**に目を向けることです。
現場主導のDXが日本の強みを生かす
現場の小さな改善を積み重ねて大きな変革につなげる。これは日本の製造業が長年得意としてきたやり方です。DXも同じ発想で進めることができます。
- 現場の社員自らがデジタルを武器として使いこなす「デジタル現場力」を育てる
- ベテランのノウハウを「データによる経験の疑似圧縮」で若手に継承する
- 小さく始めて効果を確かめ、成功体験を横に広げる
これが、最も効果的なDXの進め方であり、同時に人材確保・定着の道筋にもなります。「自分たちの仕事が良くなっている」と実感できる職場は、人が辞めにくいからです。
中小企業が活用できる人材育成の支援策
人手不足や指導者不足に悩む中小企業に向けて、国や関係機関はさまざまな支援策を用意しています。自社だけで抱え込まず、こうした制度を積極的に使うことをおすすめします。
人材開発支援助成金
従業員のキャリア形成を効果的に進めるため、計画に沿って職業訓練などを実施した事業主に対し、訓練経費や訓練期間中の賃金の一部を助成する制度です。
注目のコース
- 人への投資促進コース
- 事業展開等リスキリング支援コース
いずれも人への投資を加速するため2022年度に創設されたもので、デジタル技術の導入や新事業への進出に伴う人材育成を後押しします。
2024年4月以降の主な拡充内容
- 長期教育訓練休暇制度で「時間単位の休暇」が対象に
- 中小企業事業主の、1人当たり賃金助成の支給上限時間数や賃金助成額を引き上げ
- 自発的職業能力開発訓練の時間下限の見直しなど、要件を使いやすく改正
助成金の制度内容は年度ごとに見直されることがあります。活用を検討される際は、必ず最新の情報を厚生労働省や労働局で確認してください。
生産性向上人材育成支援センター
高齢・障害・求職者雇用支援機構(JEED)が運営するセンターで、中小企業の人材育成やDX推進人材の育成に関するワンストップの相談窓口です。
主な支援メニュー
- 専門の担当者による人材育成の課題相談・プランの提案
- ポリテクセンター等による在職者訓練(オーダーメイド型訓練を含む)
- 職業訓練指導員の派遣
- 訓練施設・設備の貸与
前章で見たように、中小企業の最大の悩みは「指導者不足」です。外部の指導員を活用できるこの仕組みは、まさにその課題に直接応えるものと言えます。
キャリアコンサルティングと技能振興策
キャリアコンサルティングの促進と教育訓練給付
働く人の自発的な能力開発を後押しするため、キャリアコンサルティングの機会の提供や、教育訓練給付の対象講座の拡充が進められています。
技能五輪国際大会と技能継承
青年技能者の世界最高峰の大会である技能五輪国際大会では、車体塗装、自動車板金、産業機械などの職種で日本代表選手が金メダルを獲得するなど、高い技能水準を示しています。
2028年には第49回技能五輪国際大会が日本(愛知)で開催されることが決まっています。自動車に関わる職種でも日本の若手が世界と競う姿は、業界にとって大きな励みです。若手技能者の育成とモチベーション向上を全国的に盛り上げる好機として、私も大いに期待しています。
自動車関連企業と製造業の取り組み事例
トヨタ紡織――「インテリアスペースクリエイター」への変革
トヨタ紡織は、単なる部品供給メーカーから、車室空間全体の価値を提供する「インテリアスペースクリエイター(ISC)」への変革を進めています。
攻めの生産性革新「VT2X」
同社が掲げるのが「VT2X(Value Time 2X)」です。従来の加工費削減という「守りの改善」を超えて、投入した時間当たりの付加価値を2倍にするという攻めの考え方です。トヨタ生産方式(TPS)にAI、自働化、デジタルツインを組み合わせ、投入時間の価値を最大化しようとしています。
コスト削減は分母を小さくする発想ですが、VT2Xは分子である付加価値を大きくする発想です。現場力2.0の考え方と通じるところが大いにあります。
4つの競争優位性
- 乗員と五感で向き合う圧倒的な接点
- 100年の研鑽で磨き上げた感性知(人間工学と匠の技)
- 企画から供給まで一気通貫で完結できる統合力
- グローバルな実行力と人材力(世界90拠点以上)
ソフトウェア開発力と外部連携
SDV(ソフトウェア定義車両)化に対応するため、アジャイルなシステム開発力を持つ華勤技術(Huaqin)との合弁会社「豊田紡織華勤(上海)汽車電子有限公司」を設立しています。デジタルとアナログが融合した空間統合制御の技術開発を加速させる狙いです。
シートや内装といった「人が直接触れる」領域にソフトウェアが入ってくる。これは、佐藤会長が語った「セクターを超えた連携」の具体例と言えるでしょう。
商用車メーカー4社の取り組み(Bizweek 2026での発表)
Bizweek 2026では、いすゞ、UDトラックス、日野、三菱ふそうの商用車大手4社が集まり、持続可能な輸送を支えるDXや環境技術を披露しました。
いすゞ自動車/UDトラックス
「地球の『運ぶ』を、未来へ運ぶ。」をコンセプトに、EVやFC(燃料電池)などのマルチパスウェイの推進と、幹線輸送トラック・路線バスでの商用自動運転の実証実験を展開しています。会場では「エルガEV自動運転バス」の実車が展示されました。
日野自動車
全国50万台のコネクテッド車両から得られる物流ビッグデータを活用したサービス「Logita」や、異業種間の混載・共同配送を実現する最適化システム「NeLOSS」を通じて、交通データの可視化と輸配送の効率化を進めています。
業界全体の協調領域
自工会会員企業による合同展示(テーマ:「動かし続ける、日本。― MOVE JAPAN」)では、大型FCトラックや水素エンジントラックのコンセプトモデルが展示されました。あわせて、自動運転、共同物流の標準プラットフォーム、サーキュラーエコノミーといった分野での業界共通のデータ基盤づくりが示されています。
業界関係者としての所感
商用車の世界は、物流の担い手不足という社会課題と直結しています。競合するメーカー同士が、自動運転や共同物流の基盤づくりでは手を組む。「競争領域」と「協調領域」を切り分けるこの動きは、デジタル現場力の「つなげる力」を業界規模で実践しているものと受け止めています。
中堅・中小製造業のDX・技能伝承の成功事例(『ものづくり白書』コラムより)
株式会社山本工作所(福岡県北九州市/鋼製ドラム缶製造)
社長をトップとした全社プロジェクト
人的資本の強化と生産性向上を目的に、社長をトップとする全社プロジェクトを立ち上げてDXを推進しました。前述の「小規模・中小企業はトップダウン型」を体現した事例です。
データの一元管理とリアルタイム監視
- 受注・製造・出荷・売上のデータを一元管理する生産性管理システムを導入
- 工場全体の稼働状況を監視する「設備の見える化システム」を導入
- 録画機能により、トラブル発生時の要因特定や故障分析を早期に解決
録画機能でトラブルを振り返れる仕組みは、現場力の「3(問題の構造化)」を強力に支えるものです。「なぜ止まったのか」を後から検証できることで、同じトラブルの再発防止につながります。
人材育成への投資
明確な人財育成計画のもと、社内研修に加えて資格取得支援制度を整備し、社員の自己啓発を金銭面・制度面から積極的に支えています。
株式会社旭ウエルテック(石川県白山市/工作機械向け溶接部品製造)
課題は「育成時間の不足」
熟練職人が若手を育てる時間を確保できないという課題に対し、現場主導でDXを進めました。前述のアンケートで46.0%が挙げた「育成の時間がない」という悩みへの、一つの答えと言えます。
ノウハウ集「トラの巻」による暗黙知の可視化
現場の意見を取り入れながら、ベテラン職人の製作ノウハウやコツを蓄積・共有するノウハウ集「トラの巻」を作成しました。
若手も参画する現場参加型DX
特筆すべきは、若手社員もDXの構築に一緒に参画した点です。これにより、ベテランの技能をスムーズに引き継ぐとともに、「みんなが働きやすく、やりがいを持てる職場環境」を実現しています。
業界関係者が見る成功のポイント
溶接は、まさに「手の感覚」が品質を左右する技能です。それを言語化し、共有できる形にしたことは、KKD 2.0の好例と言えます。
そして、若手を「教わる側」ではなく「一緒に作る側」に置いたことが大きいと私は考えます。自分たちで作ったトラの巻だからこそ使われる。押し付けられたマニュアルは使われない。これは、私が長年見てきた現場の真理でもあります。
自動車整備・サービスの現場から見た「現場力2.0」
ここまで製造業を中心に見てきましたが、最後に、私が長く関わってきた自動車のアフターサービスの視点から、現場力2.0を考えてみたいと思います。
クルマの高度化が現場に求めるもの
現在のクルマは、
- 先進運転支援システム(ADAS)のカメラ・レーダー・センサー類
- 電動車の高電圧システム
- ネットワークでつながる多数のECU
- OTA(無線通信によるソフトウェア更新)
など、高度な電子制御のかたまりです。修理の内容によっては、部品を交換しただけでは終わらず、エーミングやプログラミング、初期化作業が必要になる場面が増えています。
整備の現場で生きる「6つの能力」
先ほどの6つの能力を、整備の仕事に当てはめるとこうなります。
- 判断基準への落とし込み:お客様の要望と安全基準、作業時間の制約から、何を優先して点検・修理するかを決める
- 兆候の把握:わずかな異音、振動、警告灯の点灯パターン、データの違和感に気づく
- 問題の構造化:症状・故障コード・フリーズフレームデータから原因を絞り込み、言語化する
- 関係者の連携:部品手配、技術相談窓口、他部署と連携して修理を段取りする
- 実装と収束:確実に修理し、再発がないことを確認して引き渡す
- 知見の還流:事例を記録・共有し、技術情報や点検手順の改善につなげる
データ時代にこそ問われる「人の力」
OBD検査の開始に象徴されるように、クルマの状態はますますデータで把握されるようになっています。しかし、データはあくまで材料です。
- 故障コードが出ていない不具合をどう追い込むか
- 複数のシステムにまたがる症状の「本当の原因」をどう見極めるか
- お客様の言葉にならない違和感を、どう聞き出すか
こうした部分は、今後も人間の経験と判断が欠かせません。Bizweekで語られた「問いを立てる」「意思決定と責任を担う」という人間の役割は、整備の現場でもまったく同じです。
若い世代へ伝えたいこと
私が若い頃と比べ、今の若い技術者は学ぶべきことが格段に増えています。機械、電気、電子、ソフトウェア、そして高電圧の安全知識。大変な時代だと思います。
一方で、先輩の背中を何年も見続けなければ覚えられなかったことが、データや映像、デジタルの教材を通じて、ずっと速く学べる時代でもあります。ベテランの知恵をデジタルで受け取り、自分の経験を積み重ね、それをまた次の世代へ残していく。この循環こそが、これからの現場力だと私は信じています。
まとめ――AI時代の勝ち筋は「現場力2.0」にある
Japan Mobility Show Bizweek 2026の議論と最新のデータが示しているのは、日本の現場力は過去の遺物ではなく、フィジカルAIやデータ基盤と融合することで、世界で戦える武器になり得るということです。
ただし、その強みを生かすためには、現場の頑張りによる局所的な調整(現場力1.0)にとどまっていてはいけません。必要なのは、次のような変革です。
- データでつなぎ、意思決定を加速する「デジタル現場力(現場力2.0)」への進化
- 勘や経験をデータで疑似圧縮する「KKD 2.0」による技能伝承と人材育成
- 人材開発支援助成金や生産性向上人材育成支援センターなど、公的支援の戦略的な活用
- 自動車×ITをはじめとする、セクターを超えた協調と共通のゴールの共有
DXを単なるツールの導入(IT投資)として捉えるのではなく、**「人を生かし、人の能力を最大限に引き出す仕組みづくり」**として捉え直すこと。これこそが、人手不足を乗り越え、日本のものづくりが世界市場で再び輝くための勝ち筋だと考えます。
46年この業界に身を置いてきた一人として、現場の力が形を変えながら次の世代へ受け継がれていくことを、心から願っています。

