「全固体電池を積んだトヨタのクルマは、結局いつ買えるのですか?」
ここ数年、この質問を本当によく受けるようになりました。私はこの業界に身を置いて46年になりますが、ひとつの部品技術がこれほど一般のお客様の関心を集めた例は、ハイブリッドシステムの登場以来ではないかと感じています。
一方で、ネット上には「来年には出る」「いや2030年代まで無理だ」と、正反対の情報があふれています。中には、すでに撤回された古い計画をそのまま紹介している記事も少なくありません。
そこで本記事では、業界関係者の立場から、2026年10月時点で公表されている一次情報をもとに、次の点を掘り下げて解説します。
少し長い記事になりますが、最後までお読みいただければ、「いつ」「どんなクルマに」「どれくらいの台数で」全固体電池が載るのかを、ご自身で判断できるようになるはずです。
結論:トヨタの全固体電池搭載車は「2027〜2028年に少量登場、本格普及は2030年代」
最初に結論をお伝えします。
公式に示されている時期
トヨタと出光興産は、2027〜2028年に全固体電池を搭載したBEV(バッテリーEV)を実用化するという目標を一貫して掲げています。2026年に入ってからも、出光興産は固体電解質の大型パイロット装置について最終投資決定を行い、建設を開始しました。目標時期の後ろ倒しは、現時点では公表されていません。
さらに2025年10月には、トヨタと住友金属鉱山が全固体電池用の正極材の量産に向けた共同開発契約を締結しています。電解質だけでなく、電池のもうひとつの主役である正極材についても、量産に向けた体制づくりが進んでいるということです。
業界関係者としての現実的な読み
公式目標を踏まえたうえで、私の見立ては次の3段階です。
- 2027年後半〜2028年:初期導入期
高価格帯のモデルで、限られた台数からの販売。一般の方が「気軽に買える」段階ではありません。 - 2030年前後:本格量産への移行期
量産工場とサプライチェーンが整い、搭載車種と台数が増え始めます。 - 2030年代前半以降:普及期
コストが下がり、量販価格帯のモデルにも広がっていく段階です。
つまり「2027〜2028年に全固体電池車が出る」のは十分現実的ですが、「2028年には誰でも全固体電池車を選べる」わけではありません。この違いを理解しておくことが、とても大切です。
以下、なぜそう言えるのかを順番に解説していきます。
なぜ全固体電池は「夢の電池」と呼ばれるのか
現在のリチウムイオン電池が抱える宿命的な弱点
現在のEVやハイブリッド車に使われているリチウムイオン電池は、正極と負極の間を「電解液」という液体で満たし、その中をリチウムイオンが行き来することで充放電しています。正極と負極が直接触れてショートしないよう、間には「セパレータ」という薄い膜が入っています。
この「液体の電解液」こそが、リチウムイオン電池のさまざまな制約の根源です。
発火リスクと、それを抑えるための重い冷却システム
電解液の多くは有機溶媒で、可燃性があります。そのため、衝突時の損傷や内部短絡で温度が上がると、熱暴走から発火に至るおそれがあります。
これを防ぐために、現在のEVのバッテリーパックには、温度を常に一定範囲に保つ冷却システム、頑丈なケース、多数のセンサーが組み込まれています。整備の現場で実物を見ると分かりますが、バッテリーパックの重量や体積のうち、かなりの部分が「電池そのものではない部品」で占められています。
急速充電の限界
急速充電で大電流を流し込むと、負極の表面にリチウムが金属として析出しやすくなります。これが電池の劣化を早め、最悪の場合は内部短絡の原因にもなります。現在のEVが充電の後半で速度を落とすのは、電池を守るための制御なのです。
温度変化への弱さ
電解液は低温で粘度が上がり、イオンが動きにくくなります。冬場にEVの航続距離が落ちたり、充電に時間がかかったりするのはこのためです。逆に高温では劣化が進みやすくなります。
電解質を「固体」にすると何が変わるのか
全固体電池は、この電解液を固体の電解質に置き換えた電池です。固体電解質そのものがセパレータの役割も兼ねます。これにより、次のような変化が期待されています。
「リチウムイオン電池の終焉」は本当か
ここで、業界関係者として一つ補足しておきたいことがあります。
全固体電池は「リチウムイオン電池の代わりになる別物」と思われがちですが、正確には全固体電池もリチウムイオン電池の一種です。リチウムイオンが正極と負極を行き来する原理は同じで、変わるのは電解質が液体か固体かという点です。
そして私は、液体電解質のリチウムイオン電池がすぐに消えることはないと考えています。トヨタ自身も、全固体電池と並行して、液系の高性能な「パフォーマンス版」電池や、低コストな「普及版(LFP系)」電池の開発・生産を進めています。
今後しばらくは、
- 高性能・高価格帯:全固体電池
- 中価格帯:高性能な液系リチウムイオン電池
- 低価格帯:LFP(リン酸鉄リチウム)電池などの低コスト電池
という「適材適所の使い分け」が続くと見るのが現実的です。「終焉」という言葉が当てはまるとすれば、それは「液系電池しか選択肢がなかった時代の終わり」という意味だと私は理解しています。
トヨタの全固体電池開発の歩み
約20年にわたる開発の年表
トヨタの全固体電池開発は、一朝一夕のものではありません。主な流れを整理すると次のようになります。
| 時 期 | 主な出来事 |
|---|---|
| 2000年代半ば | 全固体電池の要素技術の研究に本格着手 |
| 2011年 | 東京工業大学(現・東京科学大学)との共同研究で、液体電解質に迫るイオン伝導度を持つ硫化物系固体電解質(LGPS)を発表 |
| 2016年 | 同共同研究で、液体電解質を上回るイオン伝導度の固体電解質を報告 |
| 2020年 | 全固体電池を搭載した試作車でナンバーを取得し、走行試験を実施 |
| 2021年 | 全固体電池をまずハイブリッド車から導入する方針を示す |
| 2023年6月 | 耐久性の課題を克服する技術的ブレークスルーを発表。BEV優先に方針転換し、2027〜2028年の実用化に挑戦すると表明 |
| 2023年10月 | 出光興産とBEV用全固体電池の量産に向けた協業を発表 |
| 2024年9月 | 全固体電池の開発・生産計画が経済産業省の「蓄電池に係る供給確保計画」に認定 |
| 2025年10月 | 住友金属鉱山と全固体電池用正極材の量産に向けた共同開発契約を締結 |
| 2026年1月 | 出光興産が固体電解質の大型パイロット装置について最終投資決定、建設開始 |
| 2026年5月 | 同装置の立柱式を実施し、本格建設フェーズへ |
方針転換の意味:「ハイブリッド先行」から「BEV先行」へ
ネット上の古い記事には、今でも「トヨタの全固体電池は最初にハイブリッド車に載る」と書かれていることがあります。しかし、これは2021年時点の方針です。
当時、全固体電池には「充放電を繰り返すと寿命が短い」という課題がありました。ハイブリッド車の電池は容量が小さく、満充電から空まで使い切ることが少ないため、寿命の課題があっても先に使えるという判断だったのです。
ところが2023年、トヨタは耐久性の課題を克服する技術的ブレークスルーを発表し、方針をBEV優先へと切り替えました。全固体電池の強みである急速充電性能と長い航続距離を最も生かせるのはBEVだからです。現在の公式な計画は「BEV向け」であることを、まず押さえておいてください。
最大の壁だった「耐久性」とは何か
全固体電池の耐久性の問題は、液体と固体の決定的な違いから生まれます。
電池は充放電のたびに、電極の材料がわずかに膨らんだり縮んだりします。液体の電解液なら、電極の形が変わっても液体が隙間を埋めてくれます。ところが固体電解質は流れないため、電極が膨張・収縮を繰り返すうちに、電極と電解質の接触面(界面)に隙間や亀裂が生じてしまいます。
接触面が剥がれた部分ではリチウムイオンが行き来できなくなり、電池の容量が落ちていきます。これが全固体電池の寿命を縮める根本原因でした。
トヨタは、材料の改良や電極構造の工夫によってこの問題を克服したとしています。前述の住友金属鉱山と共同開発した「耐久性に優れた正極材」も、まさにこの充放電による劣化への対策をテーマにしたものです。詳細な構造は公開されていませんが、「材料」「界面」「構造」の三方向から手を打っていると読み取れます。
硫化物系固体電解質とは何か——技術の核心
ここからは、本記事の中心である「硫化物系固体電解質」について、少し踏み込んで解説します。
固体電解質の主な種類
固体電解質にはいくつかの系統があり、それぞれに一長一短があります。
| 種類 | イオン伝導度 | 加工性 | 主な課題 | 主な用途・開発例 |
|---|---|---|---|---|
| 硫化物系 | 非常に高い(液体並み〜それ以上) | 柔らかく、加圧で成形しやすい | 水分と反応し硫化水素が発生、製造環境が厳しい | トヨタ、日産、ホンダなど車載用 |
| 酸化物系 | 硫化物系より低い | 硬く、高温での焼結が必要 | 電極との密着が難しく大型化が困難 | 小型電子機器、IoT機器、産業機器 |
| ポリマー(高分子)系 | 常温では低い | 柔軟で加工しやすい | 加温が必要な場合が多い | 一部の欧州車・バスなど |
| ハライド系 | 比較的高い | 研究段階 | 材料コスト、耐還元性 | 研究開発段階 |
すでに実用化が進んでいるのは、主に小型の酸化物系全固体電池です。工場の産業用ロボットや医療機器などで使われ始めています。一方、EVのように大容量・高出力が求められる用途では、硫化物系が本命と見られています。
トヨタが硫化物系を選んだ理由
理由1:液体電解質に匹敵するイオン伝導度
電池の出力や充電速度を左右するのが「イオン伝導度」、つまり電解質の中をリチウムイオンがどれだけ動きやすいかという指標です。
固体の中をイオンが速く動くのは難しいと長く考えられてきましたが、トヨタと東京工業大学の共同研究は、この常識を覆しました。2011年に発表されたLGPS(リチウム・ゲルマニウム・リン・硫黄の化合物)は液体電解質に迫る伝導度を示し、2016年にはそれを上回る材料も報告されています。
「固体なのに液体より速くイオンが動く」——これが、全固体電池で10分以下の急速充電を狙える根拠になっています。
理由2:柔らかく、押し固めるだけで密着する
硫化物系固体電解質は、固体の中では比較的柔らかい材料です。粉末を常温で強く押し固めるだけで、粒子同士や電極材料とよく密着します。
酸化物系はセラミックのように硬く、粒子同士をつなげるには1,000℃前後の高温で焼き固める必要があります。高温処理は電極材料を傷めやすく、大型の電池を作るのが難しくなります。
「常温で、加圧するだけで界面ができる」という性質は、大量生産を考えるうえで非常に大きな利点です。
代表的な結晶構造:LGPS型とアルジロダイト型
硫化物系固体電解質の中にも、いくつかの代表的な構造があります。
トヨタと出光興産が量産する固体電解質の具体的な組成は公表されていません。ただ、いずれのタイプも主原料に「硫化リチウム」を使う点は共通しており、これが後述する出光興産の強みにつながります。
硫化物系の弱点と、その対策
もちろん硫化物系にも弱点があります。ここを理解すると、量産の難しさが見えてきます。
弱点1:水分と反応して硫化水素が発生する
硫化物系固体電解質は、空気中の水分と反応すると硫化水素を発生させます。硫化水素は温泉地で感じる「卵の腐ったようなにおい」の正体で、濃度が高いと人体に有害です。
そのため、製造工程では空気中の水分を極限まで取り除いた「ドライルーム」が必要になります。電池工場の多くはもともとドライルームを持っていますが、硫化物系ではさらに厳しい管理が求められ、設備投資と運転コストが大きくなります。
なお、完成した電池セルは密閉されているため、通常の使用で硫化水素が発生することはありません。この点は誤解のないようお伝えしておきます。
弱点2:電極との界面で抵抗が生じやすい
硫化物系固体電解質は、高い電圧がかかる正極と接すると、界面で化学反応を起こしたり、イオンが通りにくい層ができたりします。
この対策として研究されてきたのが、正極材の粒子表面を極めて薄い膜でコーティングする技術です。硫化物と正極が直接触れないようにすることで、界面の抵抗を大きく下げることができます。住友金属鉱山が持つ粉体合成技術がトヨタとの協業で重要視されているのも、こうした正極材の作り込みが全固体電池の性能を左右するからです。
弱点3:電池を「押さえつけておく」必要がある
前述のとおり、固体同士の接触を保つためには、電池に一定の圧力をかけ続ける必要がある場合があります。強い拘束圧を必要とすると、パックの構造が重くなり、全固体電池の「小型・軽量」というメリットを打ち消しかねません。
低い圧力でも性能が落ちない材料・構造の開発は、各社が競っている重要なテーマです。整備の視点から見ても、将来的にバッテリーパックの構造がどう変わるかは注目しているポイントです。
なぜ出光興産なのか——石油会社が電池材料の鍵を握る理由
「なぜ自動車メーカーの電池パートナーが石油会社なのか」と不思議に思われる方も多いでしょう。しかし、この組み合わせには明確な必然性があります。
製油所の副産物「硫黄」から生まれた技術
原油には硫黄分が含まれており、ガソリンや軽油を作る過程で取り除かれます。この硫黄は、石油会社にとって大量に発生する副産物です。
出光興産は、この硫黄を有効活用する研究の中で、1990年代から硫化リチウムの製造技術に取り組み、2000年代初頭から固体電解質の開発を続けてきました。つまり、四半世紀以上にわたって「硫黄から電池材料を作る」技術を磨いてきた企業なのです。
硫化リチウムという最大のボトルネック
硫化物系固体電解質のコストを押し上げている最大の要因が、主原料の硫化リチウムです。硫化リチウムは高純度のものを大量に作るのが難しく、これまでは非常に高価な材料でした。
出光興産は、自社の製油所で発生する硫黄を原料に、硫化リチウムから固体電解質までを一貫して製造する体制を構築しようとしています。原料から製品までを自社グループで手がけることで、
- 原料の安定確保
- 品質の一貫管理
- コストの削減
を同時に実現しようという戦略です。固体電解質の中間原料となる硫化リチウムについても、大型の製造装置を2027年6月の完工に向けて建設中です。
トヨタ×出光興産 協業の3つのフェーズ
両社の協業は、段階的に規模を広げていく計画になっています。
- 第1フェーズ(開発・準備)
出光興産の小型実証設備で、品質・コスト・納期の観点から固体電解質を作り込む段階。現在、千葉県で2基の小型実証設備が稼働しており、うち第1プラントでは主にトヨタ向けの固体電解質を製造しています。 - 第2フェーズ(量産実証・市場導入)
出光興産が千葉事業所(千葉県市原市)に年間数百トン規模の大型パイロット装置を建設し、その固体電解質を使ってトヨタが全固体電池と搭載車両を開発。2027〜2028年の実用化を目指す段階です。 - 第3フェーズ(本格量産・事業化)
第2フェーズの実績をもとに、将来の本格量産と事業化を両社で検討する段階です。
2026年の最新進捗
2026年は、この計画が「構想」から「建設」へと明確に移った年です。
- 2026年1月:
出光興産が大型パイロット装置の最終投資決定(FID)を行い、建設を開始。建設は千代田化工建設が担当し、2027年中の完工を目指しています - 2026年5月:
同装置の立柱式を実施。トヨタの関係者も参列し、本格建設フェーズへ移行しました - 硫化リチウムの大型製造装置:
2027年6月の完工に向けて建設が進行中です
当初、最終投資決定は2025年中と見込まれていたため、数か月ずれ込んだ形です。ただ、完工目標の「2027年中」は維持されており、現時点で全体のスケジュールに大きな影響が出ているとは言えません。業界の感覚では、この規模のプラントで数か月の調整は珍しいことではありません。
トヨタ連合の全体像
トヨタの全固体電池は、出光興産だけで成り立っているわけではありません。主な役割分担を整理すると次のとおりです。
- トヨタ自動車:
全固体電池セルの開発・生産、車両への搭載 - 出光興産:
硫化リチウムと硫化物系固体電解質の製造 - 住友金属鉱山:
全固体電池に適した高耐久な正極材の開発・量産(2028年からの供給開始を目指すと報じられています) - 国(経済産業省・NEDO):
経済安全保障推進法に基づく供給確保計画の認定と助成、グリーンイノベーション基金による技術開発支援
電解質、正極材、セル、車両までを国内で一貫して構築しようとしている点は、海外勢と比べた際の大きな特徴です。電池材料の多くを海外に依存するリスクを減らすという、経済安全保障上の意味合いも持っています。
量産化に立ちはだかる4つの壁
技術的に「作れる」ことと、「大量に、安く、同じ品質で作れる」ことの間には、大きな隔たりがあります。私たち業界の人間は、これを嫌というほど経験してきました。
壁1:製造コスト
硫化物系固体電解質や硫化リチウムは、現時点ではまだ高価な材料です。初期の全固体電池は、同じ容量の液系リチウムイオン電池と比べて、かなり割高になると見られています。
これを下げるには、原料からの一貫生産、製造プロセスの簡素化、そして何より生産規模の拡大が欠かせません。出光興産が段階的に設備を大型化しているのは、まさにこのためです。
壁2:厳しい製造環境
前述のとおり、硫化物系は水分を極端に嫌います。電極の塗工からセルの組み立てまで、広い範囲を厳密な低湿度環境に保つ必要があり、工場の建設費も運転コストも大きくなります。
壁3:寿命と界面の維持
トヨタは耐久性の課題を克服したとしていますが、実験室での結果を、量産品のすべての電池で同じように再現できるかは別の問題です。お客様が10年以上乗り続けるクルマに搭載する以上、長期間の実車での検証は省けません。
壁4:量産時の歩留まり
業界関係者として最も注目しているのが、この「歩留まり」です。
全固体電池は、薄い固体電解質の層を均一な厚さで、欠陥なく作る必要があります。ごく小さな欠陥でも性能や寿命に影響するため、不良品の割合をどこまで下げられるかが、コストと供給量を大きく左右します。
ラボで1個の優秀な電池を作ることと、工場で毎日何万個もの電池を同じ品質で作ることは、まったく別の技術です。2027〜2028年の初期導入期は、この量産技術を実際の生産で磨き上げる期間だと私は捉えています。
「年間数百トン」は何台分か——業界関係者の試算
ここで、多くの記事が触れていない重要な視点をお伝えします。それは、初期の供給量がどれくらいかという点です。
出光興産の大型パイロット装置の生産能力は「年間数百トン」と公表されています。では、これはEV何台分に相当するのでしょうか。
全固体電池1kWhあたりに必要な固体電解質の量は、電池の設計によって大きく変わり、公式な数値は公表されていません。そこで、あくまで目安として、次のような前提で概算してみます。
この前提で計算すると、年間数百トンの固体電解質で賄えるのは、数千台から多くても数万台規模になります。前提の置き方で数字は大きく変わりますので、桁の感覚としてお読みください。
トヨタは世界で年間1,000万台規模のクルマを販売するメーカーです。それと比べれば、初期の全固体電池車がいかに限られた台数になるかがお分かりいただけると思います。
この試算から見えてくるのは、2027〜2028年の全固体電池車は、量販車ではなく、限定的な台数の特別なモデルになる可能性が高いということです。
搭載時期と車種の現実的な予測
以上を踏まえて、搭載時期と車種を予測します。ここからは公式発表ではなく、業界関係者としての私の見立てであることをご承知おきください。
第1段階(2027年後半〜2028年):初期導入期
供給量が限られ、電池のコストも高いこの段階では、全固体電池の特性を最大限に生かせ、高い価格を受け入れてもらえるモデルから導入されると考えるのが自然です。トヨタの担当者も、搭載車種については高出力・コンパクト・長航続距離・長寿命という特性を生かせるモデルである必要があると語っています。
有力候補1:レクサスの高性能スポーツEV
最も有力だと私が考えるのが、レクサスの高性能スポーツモデルです。レクサスはこれまで、電動スポーツカーのコンセプトモデルを公開してきました。
スポーツカーは、
- 低い車高で電池の搭載スペースが限られる
- 高い出力が求められる
- サーキット走行などで電池が高温になりやすい
という条件がそろっており、全固体電池の「コンパクト」「高出力」「熱に強い」という特性が最も効果を発揮する分野です。販売台数が限られ、高価格でも受け入れられやすい点も、初期導入にぴったりです。
有力候補2:最上級ブランドのフラッグシップEV
静粛性、長い航続距離、高い耐久性が重視される最上級セダンやSUVも候補になります。センチュリーやレクサスのフラッグシップの電動化モデルが、これに当たります。価格帯からみても、高価な電池を吸収しやすいカテゴリーです。
有力候補3:GRブランドの高性能モデル
モータースポーツで培った技術を市販車に還元するGRブランドも、全固体電池の「顔」として起用される可能性があります。過酷な使用環境での実績は、技術の信頼性を示す格好の場になります。
業界関係者として補足しておきたいこと
もうひとつの可能性として、初期の段階では一般販売ではなく、リース販売や特定のお客様向けの限定販売から始まることも考えられます。
トヨタは過去にも、新しい技術を搭載したクルマを、まずはリースや法人向けで市場に出してきた経緯があります。電池の状態を継続的に確認でき、万一の不具合にも迅速に対応できるからです。お客様に長く乗っていただくクルマだからこそ、慎重な導入方法が取られる可能性は十分にあります。
第2段階(2030年前後):本格量産への移行期
出光興産の大型パイロット装置での実績をもとに、本格量産に向けた設備投資が判断されるのがこの時期です。住友金属鉱山の正極材供給も本格化し、搭載車種が少しずつ広がっていくと予想します。
価格帯でいえば、レクサスの中核モデルや、トヨタブランドの上級EVあたりが対象になってくるでしょう。
第3段階(2030年代前半以降):普及期
カローラ、プリウス、RAV4といった量販モデルの価格帯にまで全固体電池が広がるには、電池のコストが液系電池にかなり近づく必要があります。量産技術の成熟と設備の大型化を考えると、2030年代に入ってからが現実的なラインだと考えます。
ハイブリッド車やPHEVへの搭載はあるか
前述のとおり、現在の公式計画はBEV向けです。ただし、全固体電池は高出力という特性を持つため、将来的にハイブリッド車やプラグインハイブリッド車に応用される可能性は残っています。高価な全固体電池を少量だけ使う形であれば、コスト面でも成り立ちやすいからです。これは本格量産が始まった後の話題になるでしょう。
世界の競合との比較
全固体電池の開発競争は、日本だけのものではありません。主な動きを整理します(各社の公表目標や報道に基づくもので、時期は変わる可能性があります)。
| メーカー | 方式・特徴 | 目標・状況 |
|---|---|---|
| トヨタ | 硫化物系。出光興産・住友金属鉱山と材料から国内で一貫体制 | 2027〜2028年にBEVで実用化 |
| 日産 | 硫化物系、リチウム金属負極。横浜工場にパイロットライン | 2028年度の実用化を目指す。車載想定セルの試作で性能を確認 |
| ホンダ | 栃木県さくら市にパイロットラインを2025年1月に稼働 | 2020年代後半に投入する電動車への搭載を目指す |
| 中国勢(広州汽車など) | 硫化物系のパイロットラインを稼働 | 2026年に車両搭載での性能試験を進めると発表 |
| CATL・BYDなど | 現行は液系電池が主力 | 2027年前後の少量生産、2030年頃の本格量産を目標とする報道 |
| 欧米勢 | 米国の電池スタートアップと組む動きが中心 | 試作車での長距離走行試験などを実施 |
「半固体電池」と「全固体電池」は別物
ここで注意していただきたいのが、「半固体電池」「準固体電池」という言葉です。
これらは電解質の一部をゲル状などにしたもので、液体成分を一部残しています。すでに一部の中国メーカーが量産車に搭載していますが、トヨタが目指す「電解質を完全に固体にした全固体電池」とは別物です。
ニュースで「固体電池搭載車がすでに発売」と見かけた場合は、それが半固体なのか全固体なのかを確認するようにしてください。
日本勢の強みはどこにあるか
私が日本勢、特にトヨタ連合の強みだと考えるのは、材料からの一貫したサプライチェーンです。電池の性能は最終的に材料で決まります。その材料を国内で、しかも長年の研究実績を持つ企業が手がけていることは、量産段階での品質安定やコスト低減に大きく効いてくるはずです。
一方で、中国勢の開発スピードと量産規模の拡大力は侮れません。「最初に出す」ことと「最も多く、安く作る」ことは別の競争であり、2030年代の本格普及期こそが本当の勝負どころだと見ています。
整備・アフターサービスの視点から見た全固体電池
ここからは、長年クルマの現場に携わってきた立場から、あまり語られない「乗り始めてから」の話をしたいと思います。
冷却システムが変わる可能性
現在のEVのバッテリーは、冷却液を循環させて温度を管理するものが主流です。冷却液の点検や交換、ポンプやホースの不具合への対応は、整備の現場でも重要な作業になっています。
全固体電池は高温に強いため、冷却システムを簡素化できる可能性があります。部品点数が減れば、故障の可能性がある箇所も減り、メンテナンスの負担が軽くなることが期待できます。ただし、急速充電時や高負荷走行時の温度管理は引き続き必要になるため、冷却システムがなくなるわけではないと考えるべきでしょう。
高電圧の取り扱いは変わらない
全固体電池になっても、高電圧のバッテリーであることに変わりはありません。整備の際の絶縁保護具の使用や、作業前の高電圧遮断といった安全手順は、現在のハイブリッド車やEVと同様に必須です。「燃えにくい電池」と「感電しない電池」は違うということを、整備に携わる方は改めて意識しておく必要があります。
事故や損傷時の対応
完成した全固体電池セルは密閉されているため、通常の使用では問題ありません。ただ、大きな事故でセルが損傷し、内部の硫化物系材料が空気中の水分に触れた場合の取り扱いについては、今後、メーカーから専用の手順が示されることになるでしょう。救助や事故車両の取り扱いに関するガイドラインがどう整備されるかも、業界として注目しておくべき点です。
保証とリセールバリュー
現在、EVの購入をためらう理由として「電池の劣化による下取り価格の低下」を挙げる方は少なくありません。全固体電池が本当に長寿命であれば、中古車としての価値が安定し、EV全体の評価を変える可能性があります。
ただし、初期導入期のモデルは実績がない分、メーカーの保証内容が購入判断の重要なポイントになります。電池に関する保証期間と保証の条件は、必ず確認していただきたいと思います。
今EVを買うべきか、全固体電池を待つべきか
最後に、お客様からよく受けるこの質問に、業界関係者としてお答えします。
今のEVやハイブリッド車を選んでよい方
- 自宅に充電設備があり、日常の走行距離がそれほど長くない方
- 今のクルマの買い替え時期が近づいている方
- 価格を重視し、量販価格帯のクルマを検討している方
量販価格帯に全固体電池が広がるのは2030年代と見られます。それまで数年待つより、現在の完成度の高いクルマを選んだ方が、満足度は高いケースが多いと考えます。現行の液系電池も年々性能が上がっており、決して「旧世代の妥協」ではありません。
全固体電池を待つ価値がある方
- 高価格帯のスポーツモデルやフラッグシップモデルを検討している方
- 新しい技術をいち早く体験したいという強い思いがある方
- 長距離を頻繁に走り、急速充電の速さを最重視する方
こうした方は、2027〜2028年に向けたメーカーの発表を注視していく価値があります。
業界関係者からのアドバイス
新しい技術の初期モデルには、技術を先取りする喜びがある一方で、価格の高さや実績の少なさというリスクもあります。私の経験上、新技術は2代目、3代目で一気に完成度が上がるものです。ご自身の使い方と予算に合わせて、冷静に判断していただければと思います。
まとめ:全固体電池は「確実に来る」。ただし主役になるのは2030年代
本記事のポイントを整理します。
全固体電池は、「いつか来る夢の技術」から「時期が見えてきた現実の技術」に変わりました。それでも、街中を走るクルマの多くが全固体電池になるには、まだ時間がかかります。
私は46年間、エンジンからハイブリッド、そしてEVへと移り変わる自動車業界を見てきました。その経験から言えるのは、本当の技術革新は、派手な発表の瞬間ではなく、工場で地道に品質と量を積み上げていく過程で実を結ぶということです。
2027年に完成する千葉の大型パイロット装置で、どんな固体電解質が、どれだけの品質と量で生まれてくるのか。そこにこそ、全固体電池の未来を占う本当の答えがあります。今後も新しい動きがあれば、業界関係者の視点でお伝えしていきます。
執筆にあたって確認した主な最新情報
- 出光興産は2026年1月29日、固体電解質の大型パイロット装置について最終投資決定を行い建設を開始し、トヨタと協業して2027~2028年に全固体電池搭載BEVの実用化を目指すとしています。建設は千代田化工建設が担当し、硫化リチウムの大型製造装置も2027年6月完工に向けて建設中です。 idemitsulogi-today
- その後、同装置の立柱式を実施し、本格建設フェーズに移行したと発表しています。 idemitsu
- 当初、最終投資決定は2025年中と見込まれていました(本文で「数か月のずれ込み」とした根拠です)。 itmedia
- 住友金属鉱山とトヨタは、BEV搭載の全固体電池用正極材の量産に向けた共同開発契約を締結し、充放電による正極材劣化への対策として高耐久な正極材を開発しています。住友金属鉱山は2028年から供給を始める計画とロイターに語っています。 ess-newslivescience
- 日産は2028年度の実用化を目指し、車載想定セルの試作で充放電性能を確認、26年度にモジュール設計・試作へ進むとしています。ホンダは2025年1月に栃木さくら拠点でパイロットラインを稼働させ、2020年代後半投入の電動車への搭載を目指しています。 newswitchitmedia
- 広州汽車は2025年11月に全固体電池のパイロット生産ライン完成を発表し、26年に車両搭載での性能試験を予定しています。
Sources:
- 出光興産 ニュースリリース(2026年1月29日)
- 出光興産 立柱式ニュースリリース
- LOGISTICS TODAY:出光興産、全固体電池材料で量産フェーズへ
- MONOist:固体電解質の大型パイロット装置を基本設計
- MONOist:どうなるEV向け全固体電池材料、2026年展望
- ESS News:Sumitomo Metal Mining and Toyota(正極材)
- Live Science:Toyota solid-state battery by 2027
- ニュースイッチ:日産の車載全固体電池、研究開発の現在地
- 旭化成 ARC WATCHING 2026年2月
- トヨタ グローバルニュースルーム:供給確保計画の認定

